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僕が私になるための試練
たった今、僕達の目の前をバスが通過した。
「ねえ、ミキはどうしてこのバスに乗らないの?乗ろうと思えば乗れたじゃない」
美樹は言う。この停留所からはすべてのバスが最寄り駅に向かうはずだから、乗っても間違いではない。
「さあね。僕は次のバスに乗ると決めているんだ。それだけだよ」
「ほんとに昔から頑固なのよねえ」
「まってよ。そんな大げさな事じゃないだろ。慌てなくていいさ。ほら、もう来たよ」
交差点からゆっくりと曲がってくるバスの姿が遠くに見えた。
「ホントだ」
「このバスは、前のバスとの間隔が短いから空いているんだよ」
僕はもっともらしく話したが、実は本当の理由は別にあった。もちろんそのことは美樹には話したことはない。
車内はやはり混んでなかった。僕はすんなりと後部のシートに座り「ほらね」と得意になって言った。
「たまたまじゃない。混んでる日だってあるよ」
美樹は特に感心することなく言葉を返す。
発車して間もなくすると美樹の言葉数が減ってきた。いつもはおしゃべりなのに珍しい。
「どうした?美樹、眠いのか?」
「そう。最近、朝なのに眠くて困るの。ミキはこんなことある?」
「ないよ。それより俺のことをミキって呼ぶのやめてくれないか」
「仕方ないよ。だってミキも私と同じ美樹なんだから」
「僕はミキじゃない。僕には名前がないんだ」
「ひねくれてるわねえ」
美樹はまた笑った。
「ひねくれてるのは昔からさ。まあいい少し寝なよ」
美樹には悪いが、寝て貰った方が都合がいい。なぜならば、次の停留所で同じクラスの松川みどりが乗車してくるからだ。
みどりは容姿が抜群に優れていて、クラスではアイドルのような存在だ。
僕はみどりのことが好きだった。
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