木下闇

10/11
前へ
/11ページ
次へ
   今のは、幻覚か何かだったんだろうか。  かっこ悪さと信じられなさに、うつむく。  すると、見てしまった。  木陰から墨汁が流れ出るように、黒いものがするすると、その人の影に吸い込まれるのを。 「……青い顔してるけど大丈夫?  あ、大学の保健管理センター行く? 開いてると思うよ」  顔を上げれば、ひとの良さそうな、場違いなまでに優しい笑顔。  何も言えないでいると、その人は、ちょっと待ってねと、落ちた荷物を集め始めた。  ふとその後ろを見て、背筋が凍る。  さっきの子供が、目をぬぐいながらやって来ている。  木陰をゆっくりと、でもまっすぐこっちへ。  あと数歩。  なのに、足音は、聞こえない。 「おいていかないでぇ……」  子供の涙声。   日なたになると、覚束ない足どりで、やって来る。  そして、しゃがんでいる背中に、ひたりと取りついた。  なのに、その人は気がついていない。  立ち上がって、お待たせ、とか言っている。  どうしよう、声が、出ない。 「一緒に行こう?」  肩の向こうから子供が。小さな女の子が。  泣いた後の暗い目で見ている。  横の、笑顔だったはずの顔は、黒く陰っている。  連れて、行かれる。  寒気が僕を包み、目の前が真っ暗になった。  
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!

4人が本棚に入れています
本棚に追加