51:49

5/10
1人が本棚に入れています
本棚に追加
/10ページ
そして、今。 長々と談笑していた営業課の社員達が帰り、社内に残るのは私だけになった。 今日は一日雨だった。弱い雨が、降ったりやんだりしていた。 換気のために数センチ開けた窓から、しとしとと雨音が入ってくる。 私は席を立つと、窓を閉め、ブラインドを下げ、通用口を内側から施錠した。 狭い事務所に静寂が訪れ、私のなけなしの躊躇を踏み潰した。 席に戻った私は、携帯のカメラを起動させる。 ひとつ大きく息を吸って吐くと、目をトロンと重くさせ、口を半開きにし、できるだけいやらしい表情を作って、それを撮影した。 我ながら気持ち悪いと思うが、恥ずかしいとは思わない。これは、聖なる作業なのだ。 何パターンか表情を変えて撮った後、その写真をパソコンに取り込み、画像編集ソフトで加工を始めた。 自分の画像の右顎にほくろを足し、化粧を濃くし、こころもちふっくらとさせる。 すると、自分でも驚くほど妹の顔そっくりになった。 五年の間、妹と会うことはなかったが、母からのメールにはもれなく妹の写真が添付されていた。 写真の妹は、少女の可憐さに女の色気が加わり、年々綺麗になっていった。 片や同じ顔をしているはずの自分は、ただただ老け込んでいく印象だ。 落差を見せつけられているようで、妹の写真はすぐさま削除していた。 モニターを飾る愛嬌の塊のような可愛らしい顔を、皮肉な気分で見つめる。 もしも顎にほくろを描き、厚化粧をしたとしても、私は彼女みたいにはなれない。 彼女みたいに華やかには笑えないし、彼女みたいに人の痛みに鈍感にはなれない。 そうなりたいとは思わないけれど、そうできたら楽に生きられるだろうとは思う。 人生がゲームだとしたら、たぶん、妹は勝者で私は敗者なのだろう。 勝者たる彼女がケーキの大きいほうを選ぶのは当然の権利だし、敗者の私より親にちやほやされるのも自然の摂理なのだ。 「……いや」 弱気に取り込まれそうになり、頭を振って我に返る。 大きいほうを選ぶのも、親にちやほやされるのも、彼女が勝者だからじゃない。 そういう厚顔で冷血な人間だからこそ、勝者たりえるのだ。 いつまでも、そううまくはいかない。 うまくはいかせない。 結婚なんてさせない。 積年の恨みを晴らす時が来たのだ。
/10ページ

最初のコメントを投稿しよう!