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そして、今。
長々と談笑していた営業課の社員達が帰り、社内に残るのは私だけになった。
今日は一日雨だった。弱い雨が、降ったりやんだりしていた。
換気のために数センチ開けた窓から、しとしとと雨音が入ってくる。
私は席を立つと、窓を閉め、ブラインドを下げ、通用口を内側から施錠した。
狭い事務所に静寂が訪れ、私のなけなしの躊躇を踏み潰した。
席に戻った私は、携帯のカメラを起動させる。
ひとつ大きく息を吸って吐くと、目をトロンと重くさせ、口を半開きにし、できるだけいやらしい表情を作って、それを撮影した。
我ながら気持ち悪いと思うが、恥ずかしいとは思わない。これは、聖なる作業なのだ。
何パターンか表情を変えて撮った後、その写真をパソコンに取り込み、画像編集ソフトで加工を始めた。
自分の画像の右顎にほくろを足し、化粧を濃くし、こころもちふっくらとさせる。
すると、自分でも驚くほど妹の顔そっくりになった。
五年の間、妹と会うことはなかったが、母からのメールにはもれなく妹の写真が添付されていた。
写真の妹は、少女の可憐さに女の色気が加わり、年々綺麗になっていった。
片や同じ顔をしているはずの自分は、ただただ老け込んでいく印象だ。
落差を見せつけられているようで、妹の写真はすぐさま削除していた。
モニターを飾る愛嬌の塊のような可愛らしい顔を、皮肉な気分で見つめる。
もしも顎にほくろを描き、厚化粧をしたとしても、私は彼女みたいにはなれない。
彼女みたいに華やかには笑えないし、彼女みたいに人の痛みに鈍感にはなれない。
そうなりたいとは思わないけれど、そうできたら楽に生きられるだろうとは思う。
人生がゲームだとしたら、たぶん、妹は勝者で私は敗者なのだろう。
勝者たる彼女がケーキの大きいほうを選ぶのは当然の権利だし、敗者の私より親にちやほやされるのも自然の摂理なのだ。
「……いや」
弱気に取り込まれそうになり、頭を振って我に返る。
大きいほうを選ぶのも、親にちやほやされるのも、彼女が勝者だからじゃない。
そういう厚顔で冷血な人間だからこそ、勝者たりえるのだ。
いつまでも、そううまくはいかない。
うまくはいかせない。
結婚なんてさせない。
積年の恨みを晴らす時が来たのだ。
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