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住所から辿り着いたそこは、案の定、私の家の近所だった。
築五十年は越えていそうな、古い二階建てのアパートだ。汚らしい外観に、歪んだ満足感を得た。
一階の一番左の部屋が、彼の住まいらしい。
彼の顔も拝んでみたい衝動に駆られたが、さすがに扉をノックする勇気はない。
さっさと写真を投函して帰ろう。
部屋の前に行き、傘をたたむ。
鞄に手を突っ込み、写真の入った封筒を取り出そうとした、その時だった。
「こんな時間にどうしたの?」
「!!」
声にならない声を上げ、飛び上がる。
恐々振り返ると、一メートルほど先に、三十代半ばと思しき男が立っていた。白っぽいTシャツにジーンズを穿いている。
チカチカと明滅する蛍光灯が照らしだすのは、細い目に細い眉、薄い唇の淡白な顔だ。他のパーツが控えめなせいか、鼻だけが異様に大きく見える。
百八十センチはあるだろうか、背が高く、がっしりとした体格をしている。コンビニ帰りか、手に下げたビニル袋越しにペットボトルとスナック菓子のシルエットが見てとれた。
やけに親しげな口調と表情から、妹の結婚相手なのだと直感した。
どうやら、私を妹と勘違いしているらしい。
違います、と馬鹿正直に答えそうになり、慌てて口を噤んだ。
今ここで正体がばれるのは危険だ。こんな時間に何をしに来たのかと問い詰められたら、答えに困る。
――仕方がない。
私は妹のふりをすることにした。
適当に話を合わせて、いい頃合いになったら「明日も仕事だから」とか何とか言って立ち去ればいい。
写真はまた明日、あらためて投函しに来よう。
私は鞄の口をしっかりと塞ぐと、笑顔を作る。
促されるまま、彼の後について部屋に入った。
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