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八畳一間の部屋は、アパートの外観ほど汚くはなかった。 綺麗に整頓されている、というよりも、家具らしい家具はパイプベッドとガラスのローテーブルくらいしかない。寝に帰るだけなのだろう。 ここにあの妹が転がりこむ姿は想像もつかないから、どこか別の場所に新居を構えるに違いない。 どこで暮らすのか。 いつ式を挙げるのか。 彼はどんな仕事をしているのか。 母は詳しくは教えてくれなかったし、私も意地になって何も訊かなかった。 本人を目の前にすると俄然興味が湧いてきたが、訊ねるわけにはいかない。 今の私は、妹なのだ。そんな寝ぼけた質問をしたら、救急車を呼ばれかねない。 ぼろを出さないように、当たり障りのない話題を選ぶ。 天気の話、昨日のテレビで仕入れた雑学、ネイリストの妹が言いそうなお客の悪口――。 彼は無口な性格なのか、うんうんと相槌を打つばかりだったけれど、時折可笑しそうに細い目をさらに細めた。 最初は強面にも見えたが、なかなか可愛らしい笑顔だ。肉厚な胸板も悪くない。 本当は私のものだったのに、と地団駄を踏むほどの好感は持てないが、それがせめてもの救いにも思えた。 ベッドを背もたれにして、二人並んでたわいもない話に花を咲かせた。 三十分ほどして話に区切りがついたところで、「じゃあ、そろそろ」と私は腰を上げた。 すると、不意に彼が左手首を掴んできた。 反射的に振りほどこうとしたが、彼の拘束はびくともしない。手首を掴まれたまま、ベッドに押し倒されてしまった。 私に馬乗りになった彼はもう、Tシャツを脱ごうとしている。 まずい。 けれど、今さら「姉でした」と白状するのも、それはそれで気まずい。「騙していたのか」と逆上して、殴ってくるかもしれない。 もちろん、素直に抱かれる気はさらさらない。 妹の結婚相手なのだ。遠慮があるというよりも、常日頃妹に触れているであろうその手で触られることに抵抗がある。 たまらず身を捩ったが、彼はお構いなしにTシャツを脱ぎ捨てると、私のブラウスの胸に手を伸ばしてきた。 思わず目を閉じ、身を竦める。
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