冬の少女

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冬の少女

大学時代の話 アルバイトを終えて、真っ暗な道を歩く。近くを通る電車がゴオォ…ンンっと鳴った。 一刻も早く家に帰りたくて、私は足を速めた。 と、小さなアパートの前に小さな影が見えた。肩口を少し過ぎた髪、青に花柄のパジャマの少女 ははぁ、さてはイタズラが過ぎて放り出されたな? 自分でも経験のある事柄を当てはめ、合点する。時間は8時半。十分有り得る話だろう。 話し掛けられても厄介だし、話し掛けるのも億劫だ。私はさらに歩を速め少女の前を通りすぎた。 と、通りすぎた辺りで頭の中で疑念がチクリと音を鳴らす。 季節は冬。100円ショップで買ったマフラーが寒さに結露する夜。 あの少女 リネンの半袖では無かっただろうか? ピシリ、ピシリと空気に亀裂が入り、ギリリ、ギリリと頭を締め付けるような鈍い感覚。気づかなきゃ良かった、と思わず頭を振る。 『ねぇ…』 物理的な寒さではない、空虚で重い寒さが背後でぐねぐねとうねる感覚。 『見えてるんでしょう?』 少女の、やはり物理的なものではない声が、耳のやや後ろから差し込まれるように頭に響く。 『ねぇ、ねぇ…見えてるんでしょう…??』 死者というものはただそこに居るだけの場合が多い。しかしこの少女は自分が死者であることに気づいた上で、こちらに干渉してきている。 タチが、悪い。 私は無視を、否 【見えてない体】 を必死に装った。 足の歩調、携帯をなぶる手、目線ひとつ、ただのひとつボロが出ても、私が見えてると気付かれる切っ掛けに成る。 『ねぇ』 知らない知らない知らない知らない知らない 『ねぇ、貴方よ』 頭の中一杯、この言葉で埋め尽くして、ただただ歩く。 何メートル歩いただろうか。絡み付くような寒さがほどけるように後退する 『…見エてると 思 ッたの にィ …』 甘え乞うような少女の声が、気配が離れるのにつれてスロー再生されたかのように鈍くずれて曇って遠退いた。 ホッっと息を吐く。 しかし足は止めず一目散に、振り返らずに歩き続けた。 古来、妖怪やモノノケに追われたら、振り向いたらいけないという。 また、目を見てはイケナイとも。 【眼は、脳と直接繋がっているから。眼があったら入られちゃうよ】 そう言ったのは誰だったか、何だったか。 何にせよ、振り返らずに家まで帰りさえすればいい。昔話の妖怪の、百目の小豆研ぎも送り狼でさえ、家までしのげば降りきれるのだ。 名もない亡者など 言わずもがな、であろう。
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