揺られて揺れて

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 会社ではミスを連発して怒られ、家では妻にぐうたらするなと叱られ、道を歩けば犬にも吠えられる。  優しい言葉のない、憂鬱な毎日だ。だからだろうか。今日はもう、会社に行く気も起きなかった。  地下鉄に乗って、目的もなく彷徨う。カバンを抱きしめ、スーツ姿のおっさんが、席の片隅でぼんやりとしている様は、人の目にどう映るのだろうか。  きっと情けなく映るのだろう。だが、そんなことはどうでもいい。これからどうしようか。恐らく、携帯には鬼のように着信が入っていることだろう。会社をクビになってもおかしくない。  気が付けば、ほとんどの人が車両から降りていて、自分の右斜め前の席に、スーツに帽子を被った老紳士といった風貌の男性が一人いるだけだ。  下を向いている間に、みんな降りていったのだな。今、自分はどの辺りにいるのだろう。アナウンスすら聞いてもいなかった。  うつらうつらと眠気が襲ってくる。どこにいても構わない。今日は一日、この揺れに体を任せようじゃないか。帰らないとなると、妻は心配してくれるかなあ。  瞼を閉じようとした時、車掌のアナウンスが聴こえてきた。 「次は、赤坂、赤坂です」
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