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「重い」
パソコンの前に座る俺の左足に、彼女は腰を下ろした。立て込んだ仕事じゃないことを知っている時だけ、彼女はふざけてこんなことをする。重いなんて言ったけれど彼女はほとんど体重をかけていないようで、俺は左手を彼女の腰に回して抱き寄せながら深く座りなおさせる。
「重いのは仕方がないでしょ。二人分なんだから」
「まだ6週目じゃ子供の重さなんてないだろ」
「もう、意地悪ね。そういうことにしておいてよ」
彼女はホットミルクが入ったカップを両手で包み込むように持ち、それをちびちびと飲んでいる。普段は漂う珈琲の香につい俺も手を伸ばすけれど、牛乳のもわっとした匂いは鼻について到底そうする気にはならない。
「こぼすなよ」
「は~い」
甘ったれた心のこもらない返事と、太ももにかかる重みや感触。抱き寄せた時のままにしてある手のすぐそばには、俺たちの子供がいる。身の丈には合わない幸せに半信半疑の俺は、この幸福を十分に噛みしめることができないでいた。
「そうだ、シュークリームあるの。半分こして食べない?」
彼女は振り返って俺を見上げ、そう言った。出会ったばかりの頃は心臓がおかしくなるほどだった顔の近さも、さすがに今では脈が上がることはない。
「甘い物食べて大丈夫なの?」
「だから、半分こ」
俺の膝からするりと降りた彼女は、冷蔵庫へと向かって行った。
『半分こ』
二人暮らしも長くなれば何でもかんでも二等分に慣れてしまう。三で割ったり、四で割ったりすることはない。それに対する寂しさはあるけれど、彼女がいつも少し大きい方を差し出してくれることに俺は喜びを感じていた。
数か月後には三等分になるのかもしれない。徐々に三で割るのが難しくなり一個ずつになるのだろうか。ふと頭を過ったそんな事実は、俺にとって余りにも現実味に欠ける未来に感じた。
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