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時が止まったような店内で、私の時計は午後3時を指していた。卓上には冷めた飲みさしのティーカップが2つ無造作にならんでおり、あなたの告げた時間が近づいているように思えた。しかしながらまた、一向に時間が進んでいるとは思えないほどの、静かな沈黙があった。
それに対して、あなたはどうなのだろうと考える。あなたは頬杖をつきながら、窓の外の和風の街並みへと目を落としている。ここは二階の席だから、行き交う通行人の姿が良く見える。人々の歩みは様々で、歩く速さも違えば方向も違う。立ち止まるひともいれば、連れ立つ人も違うのである。あなたの時間は加速していただろうか。それとも停滞していただろうか。私にはどうしてもわからなかったので、あなたの銀色の箱の中から煙草を取り出して火をつけた。昔はあなたは煙草なんて吸わなかった。私がどんなに勧めたとしても。
あのとき。お互いの欠落をお互いで埋めようと誘った私にあなたはごめんなさいと言った。きっとそれは私のずるさであり弱さだった。あなたの中にも私と同じ弱さがあったのに、あなたはそれを違うよと笑ったのだ。ほんとうの意味での死者の代替になることはできない。あなたは誰よりも、死者に対して優しかった。そしてきっと、私に対しても優しかったのだ。それはあなたを傷つけて、傷つけられて一人で泣いて、いつだかに初めて知った優しさだった。
煙草からはメンソールのかすかな香りがした。私はメンソールなんて吸わなかった。マルボロが入っていたはずの古ぼけた銀箱にはラークが入っている。きっと昔は違う銘柄を吸っていたはずなのに、いつの間にかあなたは違うものを選択したに違いない。そうやってあなたは与えられた何かを別のものに作り替えていく。きっとあなたは中の特別なものであふれていて、だからいつだってひとりなのだ。のぼり立つ紫煙がなんだか寂しく、私はもう一度私の弱さやずるさを見せてみようかと思った。私は悲しくて、ずるいから。
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