2 わたし(1)

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 行き交う人に、もうすぐ春がやってくるに違いないと思った。風が強く外は少し肌寒いくらいではあるけれど、 しかしながら襟元を閉じたりといった動作は認められず、立ち止まっている人たちもじきに歩きだすだろう。どこへ?と考えて、本当にどこかへなんていけるのだろうかと思い直した。あなたはわたしの煙草を、なんだか悲しそうに吸っている。その姿は酷く悲しそうで、そして寂しそうな陰りがある。それは弱さやずるさなんかではなく、きっと優しさというものなのだとわたしは気づいた。  あなたはきっと、いつだってわたしに手を差し伸べてくれるだろう。弱さや優しさを見せてまで。あなたは強い人だから。紫煙がふわりと流れあなたをじっと見つめている。あなたとわたしはひどく似ている。違いはあなたは煙でわたしは小さな熱であるというだけで、あなたははるか彼方に、わたしはただ己の内奥のみに同じものを見つけた。ただそれだけの差なのだから、あなたはもっと遠くまで行きつけるに違いないと思った。そしてわたしはそこにはいない。  紫煙はだんだんと空気に溶け、薄くなり色を失い、また遠くへ上っていくようであった。あなただって、そんなことは誰よりも知っているはずだから、きっとそんな悲しそうで寂しそうにする必要なんてないのだ。それでも一緒にいたいと思うことは、きっとわたしの中にもあなたの中にもあるものだ。それは期待と呼べるものである。しかしそれは未練でしかなく、わたしの中のただ一つの未練だ。  あのとき。お互いの欠落をお互いで埋めようと誘ったあなたに、わたしはごめんなさいと言った。きっとそれはわたしの弱さでありずるさをだった。あなたの中にもわたしと同じ弱さがあったのに、あなたはそれに正直になれるほど強かったのだ、死者の言葉は死者のことばでしかない。あなたは誰よりも、他者に対して優しかった。あなたを傷つけて、傷つけられてひとりで泣いて、いつだかに初めて知った優しさだった。  でも、あなたはひとりでいかなければならない。あなたの死者はいつだってあなたと共にいて、きっと旅の伴侶はそれだけなのだ。
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