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旭は昔からそうだった。
俺の考えもしないことを、平然と言ってのける。
それは今考えれば特段凄いことでも、驚くことでもない。
だけど当時の俺からしたらとてつもなく縁の遠い話であって。
少しずつ変わっていく彼女が寂しくて、とても輝いて見えて。
そんな彼女と同じステージにいつまで経っても立てない自分がもどかしくて、悔しくて。
「そっか。会えなくなるんだなぁ…」
頑張れ、と付け加えるのが精一杯で。
食べかけの西瓜を、そっと皿の上に戻した。
「なぁにいっちょまえに落ち込んでんの!お姉ちゃんがいなくなるのがそんなに寂しいか!」
月夜に照らされる縁側。
隣から溢れる屈託のない笑顔に、俺はちゃんと返せただろうか。
「寂しいよ。けど俺も受験、東高目指すから。お互い、がんばろーな」
沸き上がるぐちゃぐちゃな感情を堪えながら言葉を紡いだ俺の頭を、旭はぐっと引き寄せた。
自分の頬を水滴が伝ったのに気付いたのは、彼女の胸の中だった。
「ばーか。
キヨはほんっと、泣き虫だね…」
初めて感じる女性特有の優しい匂いと、暖かい温もり。
人生で一番嬉しくて、そして辛かった瞬間。
それは十年経った今でも変わらない。
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