Bouquets of Irises

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「うぇ!? クッキー! クッキーをよこせぇぇ!」 「いたずらした罰! ったく、普段はおとなしいのになんでこんな時にいたずらをするかなぁ」  叱る熊谷さんの服を引っ張りながら八尾は涙目になりそうな表情で“クッキー”と連呼していた。すると、ドタドタドタと足音が近づいてきて 「オレも!」 「あたしも!」 「あ! お前ら俺にもひとつ寄越せ!」 「おぉ、お前達帰ってきたのか。おい!ちゃんと手は洗ったのか!?」  熊谷さんは走ってきてテーブルの上に置かれたクッキーを我先にと貪る子供たちに大きな声で言う。すると、みんなが両手の平を熊谷さんに見せるよう前に出して 「洗ったよ」 「ココねぇが煩いんだもん」 「今日はアイねぇも変でさ!」 「そうそう! それにユウにぃもなんだか“とおせんぼ”してくるし!」  みんなが口々に言う不満。それを聞いてか後ろの方からニヤニヤとした表情の心露、優護、愛麗が現れる。私はその表情を見ても怒る気にはなれなかった。なんせ三人ともこの場を用意するために他の子供たちを抑えていてくれていたんだから。 「ありがとう」  三人が私の目の前まで来たところで、私は感謝の思いを乗せて頭を下げる。  すると、心露が私の肩をポンと叩く。私が頭を上げると心露たちは嬉しそうな笑顔を浮かべていた。 「気にするなって」 「そうそう。龍姫がコーヒーに目覚めるなんて思わなかったしね」 「これでも結構、頑張ったんですよ? タツキさんと私」 「せっかくだ。アタシらにも淹れておくれよ」  心露がテーブルの席に着く。それに続いて優護、愛麗が席に着き、他の子たちもそれに習って席について私を見上げた。私はその光景を見て、胸がキュッと鳴ったように感じ、不意に目頭が熱くなったがなんとかこらえる。 「ああ。とびっきり美味しいものを淹れてやる」  なんせ“お父さん”のお墨付きだ。不味いはずが無い。その時に淹れたコーヒーは飲んだみんなが絶賛してくれて、私の持つ記憶の中で最も嬉しい瞬間となった。
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