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当時の家で、長い髪を白いリボンで纏め上げ、珍しく台所に立つ。台所の脇にかけてある共用のエプロンを中学校の制服の上から装着し、頭には三角巾を付ける。小学校の頃、家庭科の授業で学んだ料理をする時のスタイルになり、私は気持ちを引き締める。
そして、馬の尻尾のように後ろ髪を揺らしながら、私は台所の棚からコーヒーを淹れる為のセットを取り出す。
目の前にあるコーヒーミル、ドリッパー、紙のコーヒーフィルター、サーバーそれぞれの道具を確認し、お父さんがいつもやっているように淹れてみる。
そして、試しにコーヒーカップに移して一口……。
「ん……。味が薄い……か? 香りも……少ないな」
目の前にあるコーヒーミル、ドリッパー、紙のコーヒーフィルター、サーバーを見ながら考える。いつもお父さんが使っている道具はこれで合っているはず……。ちゃんと豆も豆の状態のものを買って挽いたし、水もここの水道がカルキ臭かったので湯冷ましを用意して、それを沸かした。その上で同じように淹れた“つもり”だ。しかし、味も香りも私にもわかるくらい落ちている。
「あれ? タツキさん? 何をなさってるんですか?台所で……」
声のする方を見ると、私よりも二つ年上の愛麗(あいり)が高校入試の問題集を片手に不思議そうな目で私を見ていた。普段はしていない眼鏡をかけているせいか、少しだけしっかりとしたお姉さんに見えた。
「愛麗か。まぁ、私も女の端くれ。必要な時は台所に立つさ」
「とても中学入ったばっかりの女の子とは思えないセリフですね」
と、呆れ顔で失礼なことを口にしてから台所内に入ってきて首を少し傾げる。
「コーヒー……ですか?タツキさんにはまだ早いんじゃ」
「アルコールは入ってないんだ。法律で縛られているわけでもない。何も問題ないと思うが?」
「えっと……まぁ、まだ夕方ですし問題ないといえば問題ないのですが」
なんとも歯切れの悪い口調で頬を掻く愛麗。そこで私の頭に天啓が舞い降りる。
私は目を見開き、一瞬で愛麗との距離を詰め、彼女の両手を包み込むようにギュッと私の両手で握り締める。
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