5人が本棚に入れています
本棚に追加
「飲ませたい相手がいる……。その……熊谷さん」
「え!?」
熊谷さんとはこの児童養護施設の施設長だ。この当時、四十歳だったが若くして苦労していたということもあり、見た目は実年齢よりも上に見えた。
そして私の言葉を聞いて愛麗は嬉しそうな……祝福をするような笑顔を浮かべて私に詰め寄る。
「熊谷さん……のためにコーヒーを?」
「あ、あぁ……」
私は歯切れの悪い返事をする。後ろめたい気持ちも半分あるせいか真正面から輝く愛麗の目を見られずにいた。
「タツキさんって意外と渋好みなんですか?」
「そういうわけではない。だが、そんなわけでだ!八尾は熊谷さんと仲がいいだろ?あまりお喋りではないがあの年だ。うっかりということもあるかもしれない」
若干、早口になったがそれでも愛麗は怪しむことなく、私の言葉に頷く。
「まぁ、ヤオさんは良く熊谷さんのお手伝いしてますね。施設長なのにこの児童養護施設の清掃とか色々と一人でやってらっしゃいますし……。そういうことでしたら、わかりました」
愛麗の返答に私は胸を撫で下ろす。根掘り葉掘り聞かれたらどうしようかと焦ったが、恋に恋するお年頃。愛麗は何も言わずに黙って見守るという決心をしてくれた。
そして愛麗の協力の下、この日から私のコーヒーを極めんとする道が開いた。
まず、様々な本やネットの情報を集める。そして、収集した情報を必要なものとそうでないものと切り分け、最適解となるように精査する。最後に手に入れた情報を元にコーヒーを淹れてみる。
「うん。これなら及第点……」
「コーヒーの飲みすぎにならなかったのは良かったですけど、時間帯はもう少し考えていただけるとありがたかったです」
コーヒーの感想よりも個人の思いの丈をぶつけて来た愛麗の目を私は見つめる。
「はい……。コーヒーの感想としてはタツキさんと同じ気持ちです。ただやはり、あのコーヒーと比べると一回りくらいは違っている気がします」
「そうか……」
方法は間違っていない。現に最初の頃より数段美味しいものができている。あと少し……何が足りないのか……。と、考えていると愛麗がボソッと呟く。
最初のコメントを投稿しよう!