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「足りないとすると時間への配慮かと……。もう夜中の十一時ですよ?こんな時間にコーヒー飲むと眠れなくなっちゃいます。現にここ一ヶ月くらい寝不足です」
「安心しろ。人間、五時間も寝ていれば十分だ」
「それはタツキさんの場合です!私はできれば七~八時間は欲しいんです!」
「健全な中学生としてその発言はどうなんだ?」
「健全な中学生としての発言ですよ!?」
珍しくツッコミに回っている愛麗。そもそもあまり声を荒げる方ではないのだが本気で気が立っているのだろう。眠りが足りないなら授業中に寝ればいいものを……。
「わかった。そこに関しては次から気を付けよう」
「本当に気をつけてください」
「はい」
笑顔での言葉だったが妙な威圧感を感じたため頷いておく。すると、愛麗は威圧感を引っ込めて優しい口調に戻る。
「それで本題なんですけど、やはり時間への配慮かと」
「あぁ、だから夜中のコーヒーにならないようには気をつける」
「そうではなく、蒸らしの時間やお湯を入れている時間、お湯が引いた豆の間を通ってサーバーに落ちるまでの時間という意味です」
「なるほど……」
それは腑に落ちる言葉だった。私はこれまで本に書かれた時間通りに淹れていた。しかし、実際に淹れる豆は本に載っているものとは異なる。ならば、蒸らしなどの時間は使用する豆によって変えなければならないということか。つまり、より一層の修練が必要とわかった。
「愛麗、ありがとう。これでもっと良くなるはずだ。明日もまた頼む」
「はい……ふぁあ。じゃあ、私は先に寝ますね」
「ああ、お休み」
「はい、お休みなさい。ふぁぁあ」
と、愛麗は口を手で隠しながら大きなあくびをする。そして、目端に溜まった涙を拭っていた。
ふと思う。コーヒーで眠れなかったのではないのか?そんな私の素朴な疑問は愛麗のあの時の笑顔の魔力により口から外に出ることはなかった。
そして、更に二週間が経ち、私の淹れるコーヒーは私も愛麗も満足する出来となったのだ。
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