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「でも案外、人って、自分の事をきちんと見るのって不得手なのかも
しれません。
というか、自分と向き合うとか、ましてや客観的に自分を知ろうっていう人
自体が少ないのかな」
だけど――。
と言った「マダム」の声に、相変わらずの穏やかさとは違う何かが
チラリと顔を覗かせた。
「未来は常に変幻自在で、そこにあるものが確実に分かる人なんて
誰一人、いないと思うんです。
だから、自分をちゃんと知って、その時、その時の一歩の選択は
大事にすべきかと……」
そして、小さく言葉を切った「マダム」が俺から視線を外し
フッと淡く苦笑をする。
「なんて、偉そうな事言ってますよね。
それに、みんながそれをし始めたら、
それこそ僕は、世間からお払い箱ですけど」
その瞬間、彼の穏やかさの裏から覗いていた何かが
ふとその気配をぼやかす。
そして、淡くなったその気配を
俺たちを掠めていった五月の風が柔らかに持ち去った。
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