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月明かりが、高い場所にある小窓から差し込んでいた。
暗い納屋の中で、小夜は膝を抱えて泣きはらしていた。夜も八時を回っていた。
ふいに、ギイ……と音がして、小夜は顔をあげた。納屋の扉が開き、幸が姿を現した。いつもなら夜通し閉じ込められるところ、今日は迎えが早い。立ち上がった小夜に、母は言った。
「柿原高也さんから電話があったの。匠という子が川に落ちて亡くなっていたそうよ」
「……え?」
小夜は耳を疑った。確かに、学校と古地村の間には大きな川がある。もしかしたら、匠がバスを追ってきたのかもしれない。しかし、運動神経のいい匠に限って、溺れて亡くなるなんてことがあるはずないと思った。
発見者は高也。バスは一度古地村で子供達を下ろした後、まだ学校に残っている子供達のためにもう一度学校へ戻る。その途中で見つけたのだろうか……。
様々な憶測が頭の中を飛び交っていた。そこに一太刀の闇を突き刺したのは、幸の次の言葉だった。
「だから、匠という子のことは諦めて、金宮さんと結婚しなさい」
小夜は目を見開いた。その目にみるみる涙がたまっていく。
「嘘だ……お母さん、金宮さんと結婚させたいからそんな嘘つくんだ。明日になればわかるもん」
「そうね、明日になればわかるわ。先生からお知らせがあるでしょうね。匠という子が亡くなりました、って」
悲痛な面持ちの担任、泣きじゃくる旧友、一つ空いた席、添えられた花――。匠がいなくなった全てが容易に想像できた。
「匠君は……本当に死んじゃったの?」
「ええ、事故でね、かわいそうに」
諦念と憐憫を含んだ幸の声。しかしもうすぐ十歳の子供と言えど、母親の声色の嘘を見抜くなど、造作もなかった。
「嘘! わかった、お母さんが殺したんだ! 私が匠君のこと好きって言ったから、邪魔だと思って!」
涙が怒りの色を帯びる。かつてないほど強く母をにらみ、小夜はわめいた。
「ひどい! お母さんの人殺し!」
「聞き分けのない子。もうしばらくここにいる必要がありそうね。ああ、でも、ここにいられるかしら。だってお母さんを人殺し呼ばわりする、あんたみたいな悪い子は――」
薊天狗様に、さらわれるわ。
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