十歳でさらって

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 山に囲まれた古地村は、物理的にだけではなく、文化的にも隔絶されていた。特に特徴的なのが、とある古い伝承が残っていることと、この村特有の儀式が存在していること。 「今日は二分の一成人式だったのね」  夕飯の時、幸がそう切り出した。小夜は箸を止め、小さく答えた。 「……はい」 「ちゃんと『金宮さんのお嫁さんになる』と言ったでしょうね」 「……『金宮さんの』とは言わなかったけど、お嫁さんになるって言いました」  それを聞いた幸は小さく嘆息して。 「名前はまあいいけど、あんたは金宮さんのお嫁さんになる。違えてはいけないよ」 「……はい」  小夜は再び箸を動かし、白米を口に運んだ。のどに詰まりそうな感覚がした。  古地村特有の儀式。それが「半ら(なから)成人の儀」だ。女は嫁ぎ先、男は職業が親に決められており、十歳の誕生日を迎えた日、本人がそれを神様の前で誓うのだ。  二日後、十歳の誕生日を迎える小夜もまた、巫女や神主の前で誓うことになる。金宮という、都会の富豪と十年後に結ばれることを。  小夜は複雑な思いでうつむいていた。それを見た幸が目をすがめる。 「あんた、まさか、他の子を好きになったりしてないでしょうね」 「……」 「わかってるでしょうね。悪い子は、薊天狗様にさらわれるからね」  薊天狗。これがもう一つの古地村の特徴にして「とある古い伝承」だった。小夜も小さいころ、絵で見たことがある。白い犬のような顔の両目に、紫の刺々しい花――薊がついた面をかぶった、妖のような存在だ。まるでその薊が、巨大で異質な目のように見えて、怖かったのを覚えていた。  古地村では妄信されているこの薊天狗だが、一方で他の村から来た級友に話しても誰にも信じてもらえない。  しかし、小さいころから教えられ続けている古地村の子にとっては、薊天狗は恐ろしい存在に他ならなかった。テストで悪い点を取ったり、失敗したりした小夜を、厳しい幸は「薊天狗様にさらってもらおう」と言って、広大な主村の敷地にある林の納屋に閉じ込めたことが何度もあった。  
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