十歳でさらって

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 誕生日を、そして半ら成人の儀を明日に控えた次の日。 「俺、小夜のこと好きなんだ」  いつもの帰り道で、匠に突然そう言われた。 「本気なんだ。小夜はがんばりやさんで、誰より優しい。俺、小夜のこと幸せにするから。だから……」  匠は小夜の手を取ると、自分が握っていたものを彼女の手の上に乗せた。赤いハートのバッヂだった。 「小夜は、俺のこと……好き?」  小夜は目を見開いて匠を見つめた。幼さの残る匠の瞳は、まっすぐ真剣に彼女をとらえていた。その匠の顔が、だんだんぼやけていく。 「……ごめんなさい」  ぼろり、と小夜の目から涙が落ちた。止まることなく、次から次へと頬を伝っていく。匠が驚きの表情を浮かべた。 「好きだよ、私、匠君のこと好き。でも、だめなの。私のお婿さんは金宮さんって人に決まってるの」  小夜は話した。古地村の伝統儀式のこと。明日、神の御前で金宮との縁を誓うこと。  それを聞いた匠は「おかしいよ!」と叫んだ。 「だってまだ十才だろ!? 大人までまだあと半分あるんだぞ!? なのに親が勝手に決めた結婚相手や仕事があるのか!? 小夜はそれでいいのか!?」 「……いいよ」 「嘘だ!」 「嘘じゃないよ」 「だって小夜、泣いてるじゃないか」  匠の言葉を、秋風がなでていく。揺れるススキの中、静かに沈黙が訪れた。 「……」 「小夜、そんなの、守らなくていい。小夜が嫌なら、金宮って人と結婚しなくていいよ」 「だめだよ」 「なんで」 「そんなことしたら、悪い子になっちゃう。悪い子は薊天狗様にさらわれるから」 「そんなのいないよ!」 「いるの! 古地村にはいるの。匠君、ごめんなさい……!」  これ以上、大好きな匠を見ていられなかった。小夜は匠を置いて、バス乗り場まで走り出した。小夜を呼ぶ声が後ろから追ってくるが、彼女は振り向かなかった。
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