十歳でさらって

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 主村邸に帰ると、幸は開口一番明日の段取りについてまくしたてた。 「儀式の手順はわかってるわね。前から教えてきたんだもの。主村の一人娘として、恥ずかしくない振る舞いをしなさいよ。金宮さんの息子さんに失礼のないようにね。明日はわざわざ村の外から来てくれるんだもの。式の後はうちでおもてなしすることになってるから。将来のお婿さんとして来てもらうんだからうちの家にも慣れていただく必要が――」  次から次へと流れてくる言葉を、小夜は茫然と聞いていた。まだ下ろしていないランドセルの重みが、これが夢ではないことを伝えてくる。本当に、明日、自分の結婚相手が決定する。これまでまだ先だと考えてきたそれが、もう次の日に迫っていた。  まだ十歳。大人まであと半分。なのに、夢見る余地もなく未来は決まっている。  小夜は知らず知らずのうちに拳を握りしめた。  と、その時、右手の中に固いものを握ったような痛みが走った。そっと手を開いて見ると、ハートのバッヂがのぞいた。ずっと握っていたのだ。  ――おかしいよ!  匠の声がよみがえる。  ――大人までまだあと半分あるんだぞ!? なのに親が勝手に決めた結婚相手や仕事があるのか!?  そうだ。  自分が好きなのは。 「……おかしいよ」  小夜はつぶやいた。幸がのべつ幕なしに並べていた言葉を止める。 「なんて?」 「こんなのおかしい。なんで勝手に決められなきゃいけないの?」  幸の目がつり上がっていく。しかし、小夜は幸をにらみ返して叫んだ。 「私は奈良井村の匠君が大好きなの! お母さんとお父さんが勝手に決めた、顔も知らない、好きでもない金宮さんとなんて結婚したくない! 十歳で未来を奪うような、そんな儀式、大嫌い!」  パアン。  乾いた音が、部屋に響いた。
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