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◆
木曜日の空には金星が浮かんでいる。
結局、その日の講義後に事務にカードを落し物として届けた。
「Bの三〇四教室で、五時限の始まりに、真ん中くらいの列で拾ったのね。その前に、机の下の棚にあった本を落として、拾った、と」
私の話を聞きながら紙に記入してゆく。
「となると、そこから落ちたって考えるのが妥当ね」
「はい」
「どこの生徒だったかわかる?」
「いえ、私服でしたから」
「じゃあ、拾った本はどこのかわかる?」
奥付に押しあった蔵書印を想い出す。
「あの…たぶん東陵高校のだと想います。蔵書印がありました」
「トウリョウ? どういう字?」
「方角の東と丘陵の陵でした」
「ありがと。ちょっと待っててね。一応、拾った事の事務処理が済むまではここにいてね?」
「はい」
事務の人は所在を確かめるために、カードの名前を確認した。
カタカタとキーボードを叩く。
「うーん。講習生ね。この子」
「ということは…もう来ないわねぇ。今日で講習会も終わりだし…
ウチに来てる東陵の子に持ってって貰うのが一番かなぁ…」
「お願いします。では、私はこれで…」
椅子の脇のカバンの紐をつかんで立ち上がろうとした。
「あー、ちょっと、もうちょっとだけ待っててね? お願い」
「はい…」
椅子に座りなおす。
画面を見ながらキーボードを叩いてゆく。
マウスを動かしていた手が止まる。
「ああ、やっぱり」
「え?」
「嫌な予感はしてたんだけど」
「どうしたんですか?」
「東陵生、今年はひとりも在籍してないみたい」
「あなた、どこだっけ?」
唐突に聞かれた。
「朔女(さくじょ)ですけど…」
「朔女って前橋だったわよね?…どこにあるの? 」
「前橋の街の真ん中で…広瀬川の近くです」
「うーん。じゃあ、無理か」
「え…?」
「貴女に頼んじゃおうかなぁとか想って、今地図も見てみたんだけど、東陵って東のはずれにあるみたい。ちょっと行くのは無理ね」
「え…あ…」
「いいわ。郵送にしましょ」
「あああああの、あの、実は明後日、あの、東陵で文化祭があって、あの、その、友達と一緒に行くことになってるんですっ!」
気がついた時、私はそう叫んでいた。
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