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エピローグ 雨の中で
「あめ、すきですか…?」
座り込んだ少女のセーラー服はしっとりと濡れ、うっすらと白い肌が透けている。艶やかに光る黒い髪先は襟にひっついている。
「あめ、か…どうだろう。考えたことねーなぁ…」
困惑した様子で少年が応える。
「あたしは、すき」
「世界が雨の音だけになって、世界から私だけが切り離されたみたいで。
ああ、ここにはあたししかいないって想えて。すこし淋しくて、哀しくて。怖くて。
でも、やむと、今度は優しくて、やわらかくて、広くなって。
いままで見ていた世界と違うものを見せてくれて。かすんでた世界の汚れが流れて澄んで。世界が塗り替えられる。
すべてが本当の姿になって鮮やかに…
鮮やかに輝くんです。
だから…あたしは…すき。すきなんです」
少女は動かない。いつの間にかハンカチを握りしめている。
「あー…「あのっ!」
二つの声が重なる。
「もう一度、逢えますかっ!」
少女は立ち上がり、真剣な瞳で見つめる。
眉を下げ、なぜか怒ったように唇を噛んでいる。痛々しいほどに真っ赤に染まったその唇から一言ごとに息が白く漏れる。
「もう一度。もう一度だけで良いから逢いたい。彼方に逢いたい。だから…だから…」
囁かれた小さな願い。
「…忘れさせないで、下さい…」
頬はほんのりと桜に染まり、それでも健気にうつむくのを必死にこらえている。ハンカチを胸の辺りで祈るように両手でぎゅうっと握りしめている。
かけられた手に肩をピクンと小さな震わせる。薄くて力を入れたら壊れてしまいそうだった。
少女の踵がゆっくりと地面から離れていく…
あまくやわらかな気配とともに、世界から雨音が消えた。
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