第二章  許婚

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 3・  山から降りるなり、百地の本邸に帰った正規は。父の正智に全てを話した。  二十九歳の男が十六歳の女子高校生と、突然に婚約したのだ。  当主である父に、話さない訳にはいかないだろう。  苦しそうに、全てを話す正規を、黙って暫く見詰めた後で。正智がハッキリと言い渡した。  「お前はもう、この件に関わるな」  「ここから先は僕が遣る。僕が、先方に会いに行こう。桐子さんの様子も、僕が見て来るから安心しなさい」、肩を落として書斎から出て行こうとする息子に、また呼び掛けた  「それからな」、ついと・・口籠った。  「何だ、父さん」  気色ばんで、正親が振り返る。  「お前、もうこの邸に帰って来なさい。僕も寂しいんだよ」、不意にそんな事を言って、笑い掛ける父の心配りが身に染みて嬉しかった。  「分かったよ」  答えた正親だったが、やはりペントハウスに帰って行った。  正規がでていくなり、調査会社に連絡を取った正智だが。四方桐子に付いて、出来る限り詳しく調べる様に指示した。  「知らねばならない」、と正智は思っている。知らなければ、この先に話を進められない。  調査結果を受け取った翌日、訪問の許可を桐子の両親に打診した。  正智は四方家を訪れて両親に深く詫びると、桐子への面会を求めたのだ。  だが、面会が許されるとは思っていなかった。調べた限りでは、桐子は四方夫妻の大切な一人娘で、女の園の様なミッションスクールで教育を受けた純粋培養の少女だった。まだ十六歳の少女の心に正規が付けた傷の深さは、窺い知ることも出来ない程に深い筈だ。彼はそう推察すると同時に、四方夫妻の怒りを恐れてもいた。  もしも自分の娘だったら、決して正規を許さないだろうと思ったのだ。  然し、桐子の両親は面会を許してくれたばかりでなく、正智に或る大きな秘密をを打ち明けてくれた。  「桐子は、正規さんとの体験を・・何も覚えていないのです。心療内科の先生のお話では、桐子の心が自分を守る為に、その間の記憶を封印したのだそうです」  「思い出しても大丈夫な時が来たら、自然に戻って来る記憶だと、そう言われました」  ソコのところを告げてから、母親が桐子を呼びに行った。  初めて会った桐子に、正智はとても驚いた。  桐子の面差しは、どこか彼の亡くなった最愛の妻を彷彿とさせた。  桐子と言葉を交わすたびに、「妻と、魂を同じくする娘を見付けた」と思った。生まれ変わりとまでは言わないが、同じ匂いがする。  だから彼は、正規の母で亡くなった彼の最愛の妻の事を、桐子とその両親に話した。思い出すだけで、今でも涙がこぼれるほど愛している妻の話だった。
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