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急いで玄関ドアを締めると、居間まで引き摺って行った。男の大きな身体はとっても重いし、濡れた衣類の所為でさらに重さを増している。
息を切らして、やっとの思いで居間の中に引き摺って行って転がした。
見知らぬ男の身体は、氷の様な冷たさだ。
また息を切らして、薪ストーブの前まで引き摺った。
寝室から毛布や羽根布団、枕にバスタオルと。出来るだけ沢山、男の身体を包むために居間に持ち込んだ。
冷たく濡れた靴と靴下、邪魔なリュックやパーカーを脱がせるのも、一苦労だった。息が切れて、座り込んだ。
それからの作業が、もっと大変だった。
男の体から、濡れて張り付いている衣類を脱がせた。
下着だけの姿にする頃には、桐子はクタクタだった。
持って来た毛布と布団で、男を包み込む。
枕を宛がい、濡れた髪をバスタオルで拭いた。
薪ストーブに、薪を一杯くべる。
やっと、落ち着いて男を観察した桐子は、なんて大きい男なんだろうと思った。「お父さんよりも、大きくわ。でも、ちっとも美男子じゃない」、チョットだけガッカリした。まだ少女の桐子には男の年齢なんて見当も付かなかったが、父親よりは若いと思った。
「ウ~む、三十歳から四十歳の間かなぁ」
スープを温めて、男が気が付くのを待ったが。男はまるで目を覚まさない。
「これじゃぁ、一人には出来ないわ」、独り言をつぶやいた。
夜も更けて眠くなった桐子は、居間のソファーに毛布にくるまって横になり。そこから男を見守った。
時々起きだしては、男の身体に触ってみる。冷たい儘だから、とっても心配になった。
「凍死しちゃったらどうしよう」
「そうよ!本の中のは、山小屋の女主人に温めて貰って助かったって書いてあったわ」
「この人だって、桐子が温めてあげればきっと助かるわよ」
桐子が持って来た本の主人公も、山で遭難する。
そして、やっと辿り着いた山小屋の中で。低体温症に陥った彼を、山小屋の女主人が添い寝して温めて助けるという、絵に描いたようなラブ・ストーリーだった。
桐子は、まだ子供で。ミッションスクールで純粋培養された世間知らず。いたって無邪気だった。
早速、桐子は実行した。
服を脱いで下着だけに為ると、毛布の中に潜り込んだ。冷たい男を抱き締めると。「これじゃぁ、大木に止まった蝉みたいだね。でも、すっごく冷たいわ」、顔を顰めて呟いた。
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