第二章  許婚

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 正規は、夢を見ていた。  あのホテルのベッドで、温かい陽子の身体を抱いている。  腕の中で微睡む、彼の愛しい陽子。そっと抱き寄せて、陽子の髪に顔を埋める。  柔らかな肌の温もりと、優しい女の身体の匂いが彼をまた誘惑した。  その匂いをかいで。「何時もの香水とは違う」、となんとなく思った。  爽やかな薔薇の香りが微かに匂って、彼を包んだ。  思わずもっと強く、抱き寄せる。  腕の中の陽子の、烈しい抵抗にあって驚いた。「いつもと違う」と、意識が少しだけ戻り始めたのだが。また意識が薄らいで夢の中を彷徨った。  突如。目の前に健治と陽子の絡み合う裸体が現れたのは、その時だった。  楽しい夢の、終わりだ。  身体中を駆け抜ける、怒りの(ほむら)。  「陽子、如何して僕を裏切ったんだ」  自分の呟く声が、何処か遠い所から聞こえて来た。  ハッキリしない意識の中で、腕の中の女の身体だけが現実だった。  陽子だと、漠然と思った。  触れている身体は、柔らかくて裸に近い。  抱き締めて、下着を脱がせようとする。陽子が、また烈しく抵抗した。  「許さない」、と強く思った。  「裏切った罪を、償わせるべきだ。陽子を、引き裂いてやれ」と、猛々しい男の本能が彼の中で騒ぎ立てる。  無理矢理に、下着を剥ぎ取った。  陽子を、強く抱き寄せる。無理矢理に引き裂こうとして。  やはり彼には・・出来なかった。  愛おしさが、勝った。  陽子を包み込むように腕に抱いて、そっと優しく身体を開かせた。  愛おしむ様に、陽子の中に身体を沈めた正規。  正規には優しい愛の行為でも、何の経験も知識も無い桐子には、恐怖の体験だった。  必死でもがいて、暴れた。  押さえ付ける男の腕から、何とか逃れ様とするのに、大きな男の身体に組み敷かれて、身動きが取れない。  男に、下着を剥ぎ取られて、恐怖に震えた。小さな悲鳴を、やっと漏らした。桐子の脳は、桐子を守るために全ての意識を遮断する挙に出た。  男の声が何度も「陽子」、と囁いて抱き締めて来る。  やがて正規が身体を桐子の中に沈めて、欲望を遂げた時には。桐子は既に意識を失った後だった。
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