第二章  許婚

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 4・  やがて桐子は正智に招かれて、百地の本宅にも遊びに行く様になった。  鎌倉の百地家の本宅は、昭和の初期に建てられた洋館造りだ。  外観の美しさを保ちつつ、何度も改装や改築が加えられたシロモノで。外観からは想像も出来ない程、最新の設備が整った館だ。  中央の玄関ホールを中心に、鳥が翼を広げた形に東棟と西棟が両翼のように伸びている。まるでヨーロッパの城館のような外見を有している  玄関ホールの奥には舞踏室と大きな階段。更にその奥にはダイニングルームやスモークルーム、ビルヤードルームなどが存在する。  東棟は、正智専用の住居。西棟は正規の為に用意されているのだが、正親は相変わらず都内のペントハウスに住んでいる。  鎌倉の郊外にある邸は、深い森の様な二万坪の庭に囲まれ、外の喧騒からは隔絶された世界観を醸し出している。  とにかく、広い。  そんな邸の使用人達とも、とても仲良しに為って行った桐子だが。  正智が教えてくれる社交ダンスやビリヤードにも夢中になった。広い庭園で犬たちを連れての散歩も楽しみの一つだ。  実はこの頃の正親はと言うと。少し正智に嫉妬も感じている。  「僕の許婚なのに、まるで父さんの実の娘みたいじゃないか」  二人でチェスの対戦をした折、不満そうに正親が呟いたのだ。思わず笑ってしまった。  そうこうするうちに。成績優秀な受験生の桐子は、見事に希望する大学の法学部に合格した。三月生まれの桐子の為に、合格祝いと誕生祝をしようと正智が言い出した。  その日は百地の本邸で、三人だけのパーティーを楽しんだ。  「お誕生日おめでとう。十八歳になった桐子に、早くお父さんと呼んで貰える様にプレゼントだよ」  正智が銀行の保管庫から持って来させたと云う指輪を、黒い革張りのケースから出して、正規に渡した。  大きなスクエアカットのエメラルドは煌めくダイヤモンドに囲まれて、恐いくらいの存在感だと思う。まだ少女の桐子は、怯えて見ていた。  桐子は知らなかったが。それは代々、百地家に受け継がれてきた宝石だった。百地のエメラルドとして、知られている指輪だ。  当主夫人だけが持つ事を許されて来た指輪を桐子に渡す事は、「桐子を、百地の家に迎えたい」、という正智の強い希望の現れたでもあった。
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