第二章  許婚

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 陽子の背に腕を回した正親は、男に為って女の身体を抱き寄せようとした。その肩に、正智の手が触れた。  「正規。裏切りは良く無い」  「この女の罠に嵌るのなら、桐子との婚約を如何するのかを考えてからにしなさい」  それだけ言うと、何時から二人を見ていたのか分からないが。冷たい視線を陽子にくれてから、さっさとバーラウンジから出て行ってしまった。  正親は、冷水を浴びせられた様な何とも言えない気持ちだった。  ハッと我に返って、眼が醒めた。  自分の遣ろうとしていた事に気付いて、全くの自己嫌悪に蒼ざめた。  「済まない。今夜はこれで失礼する」  詫びの言葉を残して、去って行く正規の後ろ姿に。もう少しだったのにと、悔しい思いを隠せない。  正智は社長の椅子を正親に譲る時。年配の男性秘書を一人、正規のお目付け役として彼の身辺に残して置いた。  陽子の接近を、そのお目付け役から耳にした正智は、二人が逢っているバーラウンジに急いで出掛けて行ったのだ。  バーラウンジの隅で、二人を最初から見ていた。  「止めて遣らないと、深みに嵌る」、そう思ったから動いた。  まさに、大正解だった。  正規に逃げられた後の陽子には、「でも、桐子との婚約って何かしら」、という疑問が残った。  正規付きの秘書は何も年配の社員ばかりではない。まだ若くて未熟な方の男性秘書を篭絡して、色々と聞き出した。  二年前から正規には、まだ年若い許婚が居る事を何とか聞き出したのだ。  何処かの、社長令嬢だと言う。  家と家との縁組みだと聞いて、驚いた。  そして疑問に思ったから、調査会社を使ってその婚約者の身元を調べさせた。そしてついに、四方桐子に辿り着いた。十三歳も年下の、まだ十八歳の子供だった。彼は家のためであろうとも。「そう言う縁組みなど、決してしない男だ」と知っている。  それなら理由がある筈だと思ったから、更に調べさせた。  解った真相に、大いに納得した。その原因になった出来事こそ、正親の未練の証だと思うと、今後に希望が持てる気がしたのだ。  だから、桐子という子供は、私が始末して遣る。そう決めて、桐子を大学まで訪ねて来た。
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