第二章  許婚

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 そして、ついに桐子を捕まえた。  「アナタが、四方桐子さんね」  突然に。桐子は見知らぬ女性から、大学構内にあるカフェテリアに呼び出された。  この女の人は、いったい誰だろう?、と思った。  「私の名前は陽子。二年前まで正規の婚約者だった女よ。そして彼が愛した、ただ一人の女」  何気なく髪に手を遣る陽子の指で、大粒のダイヤモンドが煌めいた。冷たい輝きを放って。桐子を冷たく見据える女の目と重なる。  「正規を、もう解放してあげて下さらないかしら。彼の犯した過ちは、私のせいなのよ」  「私が彼の罪を償うから。お願い、彼に自由を返してあげて!」  それを聞いた桐子は。この女はあの事をどこまで知っているのだろう、と怯えた。  幼さが残るまだ十八歳の桐子の心が、恐怖で固まる。  「あの時。正規を裏切って、私が他の男と寝たりしたから。彼が山のコテージで、アナタにあんな事をしてしまったのだわ」、ここは涙目も忘れない周到さで、一気に責めるべきだと陽子は知っている。  「辛かったでしょうね・・許してね、私のせいだわ」  桐子の前で、ハラハラと涙を流して見せて遣る。(こんな子供に正規を取られるなんて、絶対に認められない)  「女にとって大事な、初めての経験なのに。あたしが傷つけたせいで、それを土足で踏み躙ったなんて・・・正親はきっと、正気を無くしていたんだわ」  優し気な声で、桐子の傷口を思いっ切り広げて遣る。塩もてんこ盛りだ。  「でも・・そんな事故の責任を取り続けても、アナタも彼も幸せには為れない。分かるでしょう?」  蒼くなって震えている桐子を、一気に攻め滅ぼした。情け容赦なく叩き潰して遣ったのだ。  もう言葉もない桐子に、最後の止めを刺すのも忘れない。  「この間、二年ぶりに正規と二人っきりで逢ったわ。彼に熱く愛されて、また夢中にさせられたの」  「私はまたアナタに酷い事をしたのね、本当にごめんなさい」、またハラハラと涙を流して見せて遣る。  「許してね。でも、どうか私たちを分かって!」  桐子は唇を咬んで、下を向いたままだ。  まだ子供の彼女を、正規は抱いたりしないと思ったけど、正解。  「二年前に一回だけ、正規とそれらしい事をしただけの子供を騙すなんて、本当に簡単」、心の中でペロッと舌を出した。  桐子はその時に為って初めて、正規を生身の男として意識している自分を知った。そして目の前の女を、心から憎いと思った。心底から嫌悪したのだ。  男と女の愛が如何いうモノかは、まだ桐子には良くわからないが。この女が言う様なものであって欲しくなかった。彼女が今語った男と女の関係は汚いと思ったし、こんな女とまた関係を持ったらしい正規が、桐子には悲しかった。
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