第三章  男と女

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 1・  陽子が訪ねて来た日から、ちょうど一か月後の事だった。  桐子に、辛くて悲しい日が訪れた。仕事で北海道へ出張していた両親が乗った飛行機が、墜落したのだ。慈しんで守ってくれる両親を突然に失って、途方に暮れた。悲しみが、底なし沼のように桐子を呑み込む。  まだ十八歳の少女は、溢れる涙が止まらなかった。想いはいつも、両親との楽しかった日々に還っていく。  四方家の財産の処理や、両親の経営していた会社の今後など、まだ十八歳の桐子には何もわからず。途方に暮れた。そんな桐子を包む様に、邸に迎え入れて庇ってくれる正智と、全ての処理を引き受けて桐子の為に奔走してくれる正規に守られて。その辛い日々を何とか生き抜いた。  東京にある四方家の邸を閉めて、正智が連れて帰った鎌倉の邸。遊びに来た事はあっても、暮らすのは初めての館だ。  正智が東棟の自分の居住スペースに、桐子の部屋を用意した。 「足りない物があったら、遠慮なく言ってくれるね。大学には落ち着くまで、休学届けを出して置いたから、通う元気が出てきたら再開しよう」  桐子をそっと包む様に抱き締めて、正智が優しく言葉をかけた。  涙が止まらない十八歳の少女を、一人ぼっちの家から連れ帰った正智は、鎌倉の邸に桐子が暮らせる態勢を整えて、迎えてくれたのだった。  正規は、桐子の両親が経営していた会社を取り敢えず百地グループの傘下に収めて、社員たちの面倒を見ている。  例え桐子が経営を引き継ぐとしても、其れは十年も後の事に為ると思えば、それは妥当な処理と言えた。  桐子を正智が連れ帰ってからは、正規も本邸に帰って来ていた。長く暮らしたペントハウスを処分して、帰って来たのだ。正規も、館の西棟の住居スペースに落ち着いた。  正智は、桐子と正規が同じ邸に暮らす毎日が嬉しいらしい。  桐子が一緒に暮らす様になって。以前よりもずっと深く娘として受け入れているから、邸の使用人達もその様に桐子に接している。  まだ十八歳の未成年者には、両親の死を受け入れて自分の足で立って生きていく覚悟を持つまでには、まだ少し時間が必要だった。  その時間が桐子に、外見の変化だけでは無く、内面の変化も与えた。  十六歳の頃から見たら身長も伸びて、女らしい身体つきに為って来ていた桐子だったが。いまや一人の女性としての自覚も、芽生えようとしていた。  かつて心療内科の医師が指摘したように。失われていた正規とのあの夜の記憶が、少しづつ桐子に戻って来ていたのだ。  そんな桐子は、正規を男として見始めていた。
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