第三章  男と女

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 2・  事故から三か月が経ち、秋風に吹かれて両親の墓の前に立っていた。  そこには、自立を自分自身に約束する桐子がいる。  深まる秋の寂しい夕暮れの中に佇む、一人ぼっちの桐子。  ちょうどその頃。百地の邸では、正智が正規を説得しようとしていた。  「桐子をお前の嫁に、正式に迎えようじゃ無いか。この邸に引き取って、一緒に暮らそう。お前にまだその覚悟がないのは解るが、十八歳の娘を一人にしては置けないだろう」、だが正親は抵抗を示した。  もうかれこれ一時間ちかくも、二人は言いあっているのだ。  そこへ帰って来た桐子が、言い争う二人に話があると言った。  「正規さん、四方の財産を守って下さって有難うございました。今日、父の友人で顧問弁護士をして頂いている遠藤の小父様から、詳しい説明をして頂いて来ました」  少し息を継ぎで、また話し出した。  「私が成人するまで、後見人として責任を果たして頂く事になったと聞きました。あと二年。心苦しいのですが、如何か宜しくお願いします」  そう言って、正親に頭を下げた。  正智に顔を向けた桐子の目に、見る間に涙が浮かんだ。  「父も母も、もう居ません」  「正智の小父様。今迄と同じ様に、桐子の側に居て頂いても良いですか?」  正智はその言葉に、涙が止まらなくなった。  「勿論だよ。桐子」  小さな子供を抱く様に、桐子を抱き締めて。責めるように正規を見た。  父が何を言いたいのかは、正親にも良く解っているが、女としてなど見た事もない桐子を、如何やって妻にしたら良いのか解らないのが正直なところだ。何と言ってもまだ十八歳の子供だ。妻にしたら、当然ながら男と女の関係を結ぶことになる。そこには躊躇いがあった。  そこでまた、桐子が爆弾を投下した。  「遠藤弁護士とも、よく相談して決めたのですが。私は自立しようと思います」  正規を真っ直ぐに見て、言葉を続けた。  「父と母が残してくれた財産がありますから。部屋を借りて、そこから大学に通います」、一呼吸おいて更に続けた。  「卒業後は、弁護士を目指したいと思っています」  少し寂し気な微笑みを浮かべる。  「後見人だからと言って、この婚約を無理に続ける必要はないと思います。四方の父も母も、もういないのですから。二年前の事に拘る必要はありません」  「正親さんは、今愛している女性との幸せを一番に考えて下さい」、静かに頭を下げた。  部屋を出て行こうとしている桐子の腕を、正親は思わず掴んでいた。  「それは如何いう意味だ。桐子」  正規の言葉に、きつい響きが加わった。
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