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確かにさっきまでは、正智の言葉に戸惑っていたし、かなり頑固に抵抗してもいた。
「如何やって妻にするんだ。こんな子供を!」、そう思っていた。
だが、然しである。
こんな風に、桐子から一方的に自立を宣言され、将来は独立した人生を歩むつもりだと言い切られ。そこへ「貴方の幸せを優先する為なら、婚約を止めても構わない」と決め付けられて、黙ってなどいられるものかッ。
ココは二人の話し合いしか無いと思った正智が、そっと席を外した。
ドアを開けて部屋を出て行きながら、振り返って桐子を見た。何て正規の母親に似ている事かと、心の中で密かにほくそ笑む。
「成長する程に似て来る」、いつもそう思って見ている正智だ。
心の強さも、才気溢れる才女に育っていくその様子まで。今は亡き愛する妻に似ていると思った。
息子の好みは、知り尽くしている。
正規好みの心の強い美しい女性に育つまで、あと一歩だ。楽しみ事だと思った。
正智が退場した部屋の中では。睨み付けてくる正規を、本当は殴って遣りたい桐子がいる。
今日もまた。あの不愉快な女に、両親の墓の前で会った。
墓の前で、桐子を待っていたのだ。
「ご両親の事、本当にご愁傷様です」
お悔やみの言葉を口にする陽子に、思ったままを言って遣った。
「心にもない挨拶は、迷惑です。正規さんとの事が聞きたいのなら直接、本人に聞いて下さい」
「随分と強気なのね。子供の癖に」
陽子が、ついに本音を口にした。
「アレから、彼はマンションの部屋を引き払って本邸に帰ってしまって、仕事の場でしか逢えないわ」
「貴女の、差し金かしらね」
桐子を見詰める、陽子の目尻が吊り上がった。言葉つきがキツイ。
意地悪な女だと思った。
「こんな女が、正規の好みか」、そう思うと気が滅入る。
両親を一度に亡くしてから三ヵ月。桐子は既に子供でいる事を辞めていた。
守る親を亡くした子供が、子供のままで生きて行ける程、世間は甘くないと知っている。
「正規に頼るのは、間違っている」、とも思っていた。
アノ事故の様な出来事の責任を取らせ続けても、誰も幸せにはなれない。
「自分の中にある正規への想いは、殺してしまう」、と覚悟した。
そうする他に道は無いと、目の前の女があのカフェテリアで教えてくれた。
だから、桐子はこの女が大嫌いだ。
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