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「陽子さん、正親は正義感の強いとても厳しい男です。私には一度裏切った貴女を、彼がすんなりと受け入れるとは思えませんけどね」
「でもまぁ、頑張って下さい。では失礼します」
横を擦り抜け様として、陽子に手首を掴まれた。
陽子の爪が、桐子の手首の皮膚に食い込んで、血が滲んだ。今の心の痛みの様に、ヒリヒリする痛みだと思った。
遣られたら倍返しだと思ったから。振り向き様に、陽子の頬を容赦なく殴ってやった。頬を腫らして、驚いた顔で見詰める陽子に冷たい微笑みを浮かべた桐子は。更に言葉を突き刺してやった。
「こんな所で私に拘っていると、正規の評価が下がるわよ」
冷たい言葉を、もっとぶつけてやる。
「あれは鋭い男だから、騙し続ける気ならもっと心して掛かる事をお勧めするわ。アナタは脇が甘いわ」
陽子は、目の前の子供に怯えた。
四ヵ月前にカフェテリアで会った時と違い過ぎる、目の前の少女の本質に怯えた。この娘は、心底手強い。柔らかな外見の下は・・まるで鋼だ。
そんな決闘を済ませて来た桐子は・・だから正規も許せない。
「あんな下劣な女と、また寝たらしいこの男の品性を疑ってやる」、そんな風に思っていた。
「桐子。部屋を借りて、君が一人暮らしなんて、後見人として絶対に認めない。この邸で、僕達と一緒に暮らすんだ」
優しく説得するのは、苦手だ。
これまでの人生では。誰かを激しく愛するか、仕事に生きて逞しく燃えるかしか遣って来なかったのだ。まだ少女の桐子にどう接したら良いのか、まるで解らず迷っていた。
その迷いが、裏目に出た。
行き成りだった。桐子に平手で頬を殴られた。
何の手加減もなく、顔に赤い手形が残るほど殴られて、憤った。
「何をするんだ」
桐子の手を掴むと、軋るような声で言葉を絞り出した。
きつく睨み付ける正規に、桐子が言葉をぶつけた。
「さっき、貴方の女と両親のお墓の前で会ったわ。不快極まりない事を言うから、今のアナタと同じ様に殴ってやったわ」
桐子が涙を滲ませて、睨み返した。
「何を言ってるのか、全く解らないが。人を殴って良い理由なんか何処にも無いぞ」
「なんて我儘な子供なんだ!」
正規にきつく手首を掴まれて、袖の中の陽子が付けた傷跡から、また血が滲み始めた。
思わず、小さな悲鳴を上げる。
驚いて手を放した正規の前で、手首を押さえて後退るから。また捕まえて袖を捲り上げて、驚いた。
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