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「誰に遣られたんだ」
爪で傷つけられたと、一目で解る傷を桐子の身体に見付けて、怒っているらしい。その正親をもっと睨み付けて、桐子が突っかかった。
「貴方の大事な女に会ったと、いま言ったばかりだわ」
桐子の言葉がサッパリ解らないらしい正規の反応に、桐子は苛立った。
もうコイツに気を使うのは、止めた。
思いっ切り傷付けて遣れと、心の中の悪魔の声がザワザワと騒いだ。
正規を睨んだまま、桐子がきつい口調で今度は正親に言葉を突き刺した。
「正規と寝たって、あの女が言ってたわ。また貴方に抱かれて、夢中になったと言って。わざとらしく謝ったりしてッ」
また涙が溢れそうになる。
「二年前の事も、あの女は知ってた。アナタが教えたのね」
「愛の証だと言ってた。愛を交わした後でアナタが嵌めてあげたダイヤモンドの指輪を、嬉しそうに私に見せた。これ以上、私に何を言わせたいのッ」
震える指で涙を拭いながら、桐子が更に言い募った。
「二年前のあの時、あの女だと思って私を抱いたのよね」
「こんな想いをするのなら、あの夜の事なんか思い出したくなかった。もうアナタとは、何も話したくない」
正規の手を振り払うと、部屋から走り出て行ってしまった。
一人残された正親は、困惑した。
今の話からすると、アノ女と言うのは陽子のことに違いない。
然し、陽子とは五ヵ月も前に一度だけ。ホテルのバーラウンジで、一緒に酒を飲んだだけだ。彼女に誘惑されたのは事実だが、正智が運よく止めてくれた。確かにチョットはその気になった。危なかったが、しかしそこまでの関係だ。
「何故だ」
「陽子はなんだって、桐子に会いに行ったりしたんだろう?」、然も陽子は桐子の身体に、血がにじむような傷まで残している。
そこまで考えた所で、また桐子への怒りがぶり返した。
桐子に、殴られた。痛みの残る頬に手を遣る。
婚約者だ。やがては妻に為る女の、反逆的な行動に驚いて開いた口が塞がらない。
気の強い娘だと思ったとたん、正親の口の端に苦笑が宿った。
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