第三章  男と女

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 「誰に遣られたんだ」  爪で傷つけられたと、一目で解る傷を桐子の身体に見付けて、怒っているらしい。その正親をもっと睨み付けて、桐子が突っかかった。  「貴方の大事な女に会ったと、いま言ったばかりだわ」  桐子の言葉がサッパリ解らないらしい正規の反応に、桐子は苛立った。  もうコイツに気を使うのは、止めた。  思いっ切り傷付けて遣れと、心の中の悪魔の声がザワザワと騒いだ。  正規を睨んだまま、桐子がきつい口調で今度は正親に言葉を突き刺した。  「正規と寝たって、あの女が言ってたわ。また貴方に抱かれて、夢中になったと言って。わざとらしく謝ったりしてッ」  また涙が溢れそうになる。  「二年前の事も、あの女は知ってた。アナタが教えたのね」  「愛の証だと言ってた。愛を交わした後でアナタが嵌めてあげたダイヤモンドの指輪を、嬉しそうに私に見せた。これ以上、私に何を言わせたいのッ」  震える指で涙を拭いながら、桐子が更に言い募った。  「二年前のあの時、あの女だと思って私を抱いたのよね」  「こんな想いをするのなら、あの夜の事なんか思い出したくなかった。もうアナタとは、何も話したくない」  正規の手を振り払うと、部屋から走り出て行ってしまった。  一人残された正親は、困惑した。  今の話からすると、アノ女と言うのは陽子のことに違いない。  然し、陽子とは五ヵ月も前に一度だけ。ホテルのバーラウンジで、一緒に酒を飲んだだけだ。彼女に誘惑されたのは事実だが、正智が運よく止めてくれた。確かにチョットはその気になった。危なかったが、しかしそこまでの関係だ。  「何故だ」  「陽子はなんだって、桐子に会いに行ったりしたんだろう?」、然も陽子は桐子の身体に、血がにじむような傷まで残している。  そこまで考えた所で、また桐子への怒りがぶり返した。  桐子に、殴られた。痛みの残る頬に手を遣る。  婚約者だ。やがては妻に為る女の、反逆的な行動に驚いて開いた口が塞がらない。  気の強い娘だと思ったとたん、正親の口の端に苦笑が宿った。
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