第三章  男と女

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 3・  だがその後の正親は。仕事に追われ続けて、桐子に関わってばかりもいられなくなった。これも正智の企みの一環。  桐子の事は気になっていたが、遠藤弁護士からの報告を受けて少しホッとした。元気に大学生活を送っているらしい。  だが、相変わらず何処に住んでいるのかは不明のままだ。桐子の意志だとかで、弁護士が口を閉ざしているのだ。  「陽子が、桐子に何をしたか」、に付いては。詳しく調べさせて全てを知っている。然し、それが自分への未練からやったことだと思えば、やはり心が動いた。「貴方が、忘れられない」、と言われては、男は弱い。  かつては、あれ程愛した女なのだ。  熱く濡れて燃えた夜の記憶は、未だに心にある。互いの肌を貪るように重ねた夜が残した痕跡(きずあと)は、今も心に熱い。  しかも今の正規には、恋人がいない。桐子は許婚だが・・恋人ではない。寂しい心の隙間に付け込まれると、手を出しそうになる自分を持て余す。  然も、そんな正規を狙っているのは、陽子ばかりではない。  資産が数千億円と言われる百地家のただ一人の後継者で有能な青年実業家の正親には、火に群がる蛾のように女が寄ってくる。そんな正親だから、好きに遊んでもいた。桐子の不在は、彼の錨の綱を切ったようなものだった。  やがて派手な噂が立ったりもしたが、そんな遊びも二年程で飽きてしまった。そこも正智の計画通り。まったく喰えない親爺である!  ☆そんなこんなで時は過ぎて。。          。。正親も三十四歳になった。そんなある日の事だった☆  一年前には、二十歳になった桐子の後見役も終了した。  百地の邸を桐子が飛び出してから、二年半が過ぎ去り、桐子は二十一歳の誕生日を迎えていた。  その夜は正智の入れ知恵で。ホテルのレストランで、桐子の誕生日を祝うために正規は桐子を待った。久し振りに会う桐子。  レストランの中を、正規が待つテーブルへと歩いて来る。黒のシフォンのソワレに身を包み、髪を軽く結上げて。優雅で美しい桐子の姿に、ただ呆然とした。少女の桐子しか知らない正親には、驚きしかない。  正親を見て軽く微笑む。  それは涼やかな眼差しだった。その桐子の爽やかな艶やかさが、彼の目に焼き付いた。  「お待たせして御免なさい。お久し振りですね」、耳に心地よい柔らかな声。もう少女の声ではない。  優雅に席に座る桐子の姿から、目が離せない。  「正規さん。長い間、後見して頂いて有難うございました」  もう少女ではない見知らぬオンナ。彼の知らない桐子が、目の前に座っている。  「本当に久しぶりだな。桐子」  穏やかな微笑みを浮かべて、彼の言葉に頷く桐子。
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