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「大人の女」と言うにはまだ少し若いが、子供では無い大学三年生の桐子。勝気な美少女は、落ち着いた美しい才女に育っていた。
女の色香にはまだほど遠いが、それでも周囲の男達が熱い視線を注いでいる。そんな視線になれているのだろう、何でもない様子で座っている。
気品ある物腰で、打てば響くような受け答えをする桐子に驚きは深い。可愛い妹だった桐子は何処に行ったのだろう。信じられないことに、世慣れた彼が魅了されている。
正規は食事の間じゅう、桐子から眼が離せなかった。
今日の演出は、正智の苦肉の策。実は正智が思ってもみなかった事態が、この一年の間に起こってしまった。
陽子の付けた心の傷と、正規の派手な女遊びの噂のせいで。桐子は取り巻きの女性達と、ほとんどの時を過ごす女になっていた。「これじゃぁ、まるで宝塚みたいだ」、と大いに不安が募る正智である。
男と交友する事を、明らかに避けている。
正智は困り果て、もう一度正規の側に戻して見る事にしたのだ。
桐子は。大学のキャンパスでは、男にも女にも人気がある。美しくて優秀で、誰にでも優しい弁護士志望の才女。しかも育ちの良さがハッキリと窺える。嘗ての陽子に簡単に傷付けられた、幼さの残る少女などでは無い。
あれから二回程、陽子が桐子に接触しようとした事があった。
だが正智が察知して、彼女の動きを封じた。
「正規を桐子が女として魅了してしまわない限り、この問題は決着しないが。今の儘では、桐子の方がその気に為りそうも無い」、と正智は気を揉んでいた。
それなら桐子をそろそろ正規に見せて、彼に追い掛けさせて見れば。桐子も女に目覚めるかも知れない・・と期待した。まだ十八歳だった頃の桐子は、確かに正親を男として慕っていたのだから。「もう一度、やってみる」と、正智は決めたのだ。
そしてその罠である食事は、最後の珈琲を残すだけになっていた。
桐子を見詰めながら、正規は久し振りに会った桐子が、余りにも自分に関心を示さないのが不快だった。二年半前のあの百地の邸では。自分を殴るほど、もっと彼に関心を示していたはずだ。陽子の事も嫉妬していた。
その桐子が。目の前に座って楽しそうに食事しながら。
「婚約はもう辞めましょう」と、平然と口にしたのだ。
「正規さん、私も二十一歳になりました。そろそろチャンと、婚約を解消しましょうよ」、正規のこめかみがヒクヒクした。
「突然に、何を言い出すんだ」
「それに、君は忘れている。君のご両親との約束では、君が成人したら僕の妻に迎える事になっていたはずだ」
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