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正規が、桐子が申し出た婚約解消にいかにも不服そうなのが、桐子にはとても不思議だった。別に愛している訳でもない自分に、彼はなぜ執着するのだろう。どうして離そうとしないのか、まるで理解出来ない。
思い切って、聞いて見た。
「もし両親が今も健在だったら。もうお互いに、自由に生きても良い頃だって、きっと言ってくれると思います」
正規はさっきから疑っている、最悪の疑問を口にした。
「君には、誰か好きな男がいるのか」
声のトーンが、キツイ響きを帯びる。
だが桐子の思ってもみなかった返事に、動転した。
「好きな男なんていないけど・・・そうね、好きな女性ならいるわ」
「でも、彼女には男がいて。昨日ね、うっかり彼女が男とベッドに一緒に居る処へ踏み込んじゃったの」、苦しそうな溜息までついている。
「好きな女って、何の事だ。何故、相手が女なんだ」
問い詰める正規が、桐子には不快だった。
この男になんか、真摯な自分の愛なんて絶対に解る訳がない。
「貴方に、そんな事を言われる筋合いは無いわ」
「私が十八の時は、陽子さんと寝てダイヤの指輪まで渡した癖に。その後だって、派手な噂に事欠かなかったじゃないの。まるで種馬ね」
正規を睨み付けて、更に言葉をぶつけて来る小憎らしい桐子。
「婚約の意味さえあなたには関係ないんでしょうけど。あんな生活を見せ付けられて、男を愛する気持ちなんて持てる訳ないわ」
悔し涙が、滲んだ。
「アナタとの結婚なんて、絶対に願い下げよ。私はね。女性が好きなの」
「男と寝るなんて、もう絶対に無理。気持ち悪いわ」、如何にも嫌そうに、身震いまでして見せた。
桐子の口から出る非難の言葉の数々に、正規は青筋を立てて怒っていた。
「陽子となんか、別れてから一回も寝てない。勿論、ダイヤモンドの指輪なんて、プレゼントなどした事もないぞ」
「僕も、正常な男だ。欲望を持てば女を抱くが、相手は水商売の女だ。愛でも恋でも無い」
「相手の女も、承知だ」
激昂して言い募った正規が、もっと許せなくなった。
「寝るだの、抱くだのってッ、何て下品な男なの。女性はね、物じゃないのよ」
「アナタが言うその水商売の女にだってね、心ってものがあるのよ。そんな事も解らないのッ」
男の勝手な理論だと思ったら、無性に腹が立った。
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