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「愛でも恋でもないなんて、そこらにいる野良猫以下だわ。そんな生理現象みたいに女が抱けるアナタなんかと、一緒にしないでよ」
水が入ったグラスを掴むと、いきなり正規の顔に水を浴びせた。
席を立つと。そのままサッサと出て行こうとする桐子の腕を、正規が掴んだ。
正規の怒りは爆発寸前。
「何て事をしてくれるんだ。百地の邸に連れ帰って、お前にお仕置きして遣る」、声が軋る。
精算を済ませるなり、腕を掴んだまま外に連れ出した。百地の車に桐子を押し込む。
ホテルを後にして走る車の中で、捕らえた桐子をキツイ眼差しで見詰めて
「どういう心算だ」と、激しく問い詰めた。そんな正規に、強気の桐子が一歩も譲らない。二人の言い争いは、どんどんと白熱してエスカレート。
「桐子、答えるんだ。女とは、まだ寝ていないんだな」
桐子がそっぽを向いて「フンッ」、と言う顔をするから。また腕の中に捕まえて、強引に答えを迫る。
正規が桐子の髪を掴むから、髪を止めていた銀の櫛が抜け落ちた。結いあげていた髪が、正親の指の間に広がる。
もがいて、逃れ様とする桐子を押さえ付けて、大人しくさせ様とする正親の腕に力がこもる。桐子を抱き寄せる正親の腕の中で、桐子は自分の中に起こっている化学反応に驚愕した。正親の匂いに男を感じて、身体が熱くなったのだ。初めての体験だ。
そして正親もまた。もう子供では無い桐子の身体の柔らかさを、感知してしまった。豊かな胸と、優しく香る桐子の髪の匂い。
これまで意識の外に押し出して、無理に押さえ込んできた桐子への想いが。
この時になって、不意に湧きあがって来た。桐子との婚約を受け入れた頃の自分の気持ちに、急に自信がなくなった。
本当にあれは、ただの【責任と贖罪だけ】だったのだろうか。
あの朝、腕の中のまだ少女の桐子から香った摘み立ての薔薇の匂いと、少女の真珠色の肌の感触が、ずっと忘れられなかったのは・・なぜだ。
罪深い事だと知りながら、忘れられなかった。まだ少女だと思いながらも、惹かれていた。その意識が、彼を桐子から引き離した。だから桐子への想いを無理に押さえ込んだ。
正親はやっと、自分の気持ちに気付いた。
そんな正親の腕の中で、桐子もまた正親への想いに気付いてしまった。
ずっと前に殺した筈の熱く燃えるような想いが・・忍び寄る。
正規の胸にきつく抱き締められて、抵抗できなくなった桐子が息を殺して彼を見つめた。
「君は僕の妻に為る身だ。これからその責任を果たして貰おうか」
正規が呟く声を聴いた。
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