第三章  男と女

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 邸に着くなり、抱き上げて寝室に運び込んだ。  ベッドの上に放り出し、重く伸し掛かる。  「正規」  「何故、こんな真似を・・・」  腕の中の桐子が呻いている。  桐子のどんな言葉も聞く気はないし、聞こえない。  熱く抱き締めた腕の中の桐子。衣服を剥ぎ取って裸にすると、自分も全てを脱ぎ捨てた。  「桐子」  何度も囁いて、深く抱き取った。  正規の愛の行為に震えて。  桐子は、「自分がもうわからない」と思った。ただ震える。  そして正規は、ずっと押し殺して来た、心の奥底に深く刻まれた桐子への想いを解き放った。子供なのに手を出してはいけないと、自分の気持ちを押さえ付けてきた。「あれはまだ子供だ」と、自分に言い聞かせて来た。  だがそんな欺瞞も、ココまでだ。  正規が、優しく桐子を愛の深みに連れていく。  愛に馴れていない桐子のぎこちなさが、彼には愛おしくて堪らない。  正規の逞しい身体に包まれて、初めて男の愛を自分から受け入れた。  夢中で愛の中を漂って、正規の腕の中で甘く呻いている自分が信じられない。  「この柔らかな細い身体で。あの夜、僕を温めてくれたのか」、心の中に温かい思いが溢れる。正親は自分の真実に気づいてしまった。  熱く激しく奪いつくす男の腕の中で、頼りなく漂って。ただ愛に搦め取られていく。そして陽子の気持ちも、なんとなく理解できた気がした。  男に愛されると言う事を、初めて知ったと思う。嬉しいけれど。でも恥かしい。  愛の後で、優しく身体を撫でられて、心が揺れた。女が好きな振りなんて、もう出来ない。正規の胸に頭を乗せて、身体に残る愛の余韻に揺られて漂いながら。  「忘れられなかった。貴方への想いは全て殺してしまうと誓ったのに」  独り言を呟き、涙を零す桐子。  「何故、僕を捨てようとするんだ」  聞かずには居られない。  「貴方に、アノ事故の様な出来事の責任を取らせ続けてはいけないって、ずっと前から知ってたわ。そんな事をしても、誰も幸せになんか為れない」  「貴方から、愛する自由を奪っているって知ってた」  閉じた目蓋から涙が零れ落ちて、正規の胸に降りそそぐ。  「陽子さんに言われるまでも無く、知ってたから・・・あの時はね、とうとう別れる時が来たんだって思ったの」  涙で濡れた桐子の心が絞り出した、それが真実の言葉だった。
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