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「父と母が居なくなって、一人ぼっちの寂しい時に貴方を失うのが、子供の私には辛かった」
「だから、あんなに取り乱してしまったわ」
「許してね」
正規はあの頃の、桐子を思いやる心に欠けた、自分の冷たい振る舞いを思い返していた。まだ少女の殻を抜け切っていなかった桐子にとって、陽子がした事がどれ程意地の悪い醜い行為だったかも、やっと理解できた。
桐子の心にどんなに深い傷を与えたかを思い、彼のその後の行動も褒められたものじゃ無かったと。彼は真摯に反省した。そんな思いに捕らわれている正親の腕の中で。
桐子はそろそろ、この反省会に終止符を打つ気になっていた。
身体を離した桐子が、正規を覗き込んで囁いた。
「だからね、婚約を解消しましょうよ」
「嫌だッ」、正規が、即座に否定した。
桐子を抱く腕に、力を込めて閉じ込める。
「解消する気なら、如何して僕に抱かれたんだ」
正規の眼が鋭い光を放って、桐子を見据える。
「君は承知で、身を任せた。僕に裸で抱かれながら言う言葉じゃ無いだろう」、怒っているらしい正親。
仕方がないから、正直な気持ちを言ってみた。
「男と寝るって、如何いう気持ちになるか知りたかったのよ。十六歳のあの時の事は、事故みたいなモノでしょ。愛の行為とは程遠かったから・・・」
「何となくね、知りたかったのよ」
正規の怒りは、沸点に達しそうだった。
この娘が何を言っているのか、サッパリ理解出来ない。
「陽子さんが、貴方に抱かれて夢中になったと言ったから。貴方の愛がどれ程のモノか、知りたかったの」
「素敵だったわ。正規さん」
【何を言うんだ、この女は!】、と憤った。
「でも、もう解ったから帰りたいの。明日の講義の準備もあるし・・ねぇ、帰らせてよ」
本当に、頭に来た。
【返してなどやるものか!許さんッ】、また抱き寄せると。
情け容赦なく、激しく愛して遣った。
腕の中で、「もう許して」と泣くから。
もっと燃えてしまう。
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