第四章  桐子の愛

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 「正規が熱いのは解りましたが、あの情熱はハッキリ言って・・持て余します」、呆れて返す言葉も無いと陽子は思った。  目の前の女は、とても知性的で美しいのに。女を無駄にして居る。  多分、どんな男でも望みの男が落とせる珍しい女の筈なのに、自立だの、独立だのと。訳の解らない事を言う。  「要らないのなら、私に正規を返してよ」  とうとう陽子も、本音をだした。  「私は正規に熱く抱かれたい。彼を取り戻せるものなら、何でもするわ」  桐子を睨み付けて言い募る陽子を、以外に可愛いと思った。静かに陽子を見詰めて、桐子が悲しそうに話し始める。  「もし十八歳のあの頃、正規が愛してくれていたら。素直にあの愛に溺れたかも知れない」  「でも、そうは為らなかった」  「私ね。貴女の事で正規を殴った事もあるんですよ。無理矢理にでもあの時、抱いてくれていたら。ワタシもこんな女に為らなかったかもしれないわ」  溜息を付いて、更に続けた。  「あの頃の正規の目には、私は女として映っても居なかった。貴女に嫉妬出来るくらいに、とっても正規が好きだったのにね」  陽子は桐子の中に、自分が壊してしまった可愛くて幼い恋の欠片を見た。  「その欠片が、桐子の中の女を殺している」、と思った。  そして皮肉な事に、「そこから生まれた強さと冷たさが、更に正規を魅了する」と知っている。  男の征服欲を掻き立てて、手に入れたいと切望させる女。  「勝てない」、涙がにじむ。  この娘は、とんでもない魔女だ。  「貴女が自分で思っている程には、正規を理解していないわ。桐子さん」  「眼の中の鋼の様な輝は、正規と同じ。正規は貴女を逃がしてなんか居ないと、きっといつか解るわ」  「彼はね。そんな珍しい女を、みすみす逃がす様な男じゃ無いもの」  涙が零れて、陽子は悔しかった。  「正規に、捕まってしまいなさいよ。そうすればきっと、私も諦められる」  言うなり、陽子は席を立つとカフェテリアを出て行ってしまった。  桐子は問題集に戻ったが、集中出来なかった。夜に為ると、時々。正規がとても恋しくなる。  陽子程では無いと、何度も自分に言い聞かせている桐子だが。熱い胸に抱かれたい、と桐子の中の女が囁く。
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