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地下鉄の車両は、いつもどおり、やや込み合っていて座席はほぼ埋まっている。
カイ・デ・リーデルは、身体の前で軽く腕を組み、ドアの横に立って、周囲へと視線を泳がせていた。
別に今は勤務中じゃないのだから、そんなことをする必要もないのに。
カイにとって雑踏をそんな風に眺めやるのは、もう、パトロール警官時代からの「習い性」のようなものになっている。
そんなカイの視野の端に、さっきから気にかかる男がいた。
ちょうど、11時の方向。
斜交いにあるドアの前に、男がひとり、カイにやや背を向けるようにして佇んでいた。
窓の外を眺めやって、肩をすこし丸めるようにしていたが、その男の姿勢が基本的にはひどく良いことが、腰や脚の伸び具合から、カイには容易に見て取れた。
――ことさらに外なんかを見て、一体、なんになるというのだ?
地下鉄の窓なんか眺めても、何も見えやしないだろうに。
はじめの内、カイはそんな風に、男のことを訝しんでいた。
「まさか、この男、トンネルの中に爆弾でも仕掛けていて、爆破のタイミングを見計らっているのでは?」などといった考えまで、頭をよぎるほどだった。
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