543人が本棚に入れています
本棚に追加
/307ページ
古い運河沿いの瀟洒な建物は、すでに闇の中に沈んでいた。
暗くて、周囲の光景はほとんど見えないながらも、フィンは周囲の草花と水の匂いを、はっきりと嗅ぎ取っていた。
インターフォンのボタンを押す。
カイが出た。
「僕です」
フィンの声に少し驚いた風ではあったものの、カイは「……上がってくれ」と言って、すぐさまロックを解除した。
最上階のカイの部屋へと、階段を早足に登り切り、フィンは呼び鈴を鳴らす。
ドアはすぐに開かれた。
「こんばんは、カイ」
とりあえず、フィンは、すこしギクシャクと挨拶をする。
カイは、濃紺のTシャツに黒っぽいジョガーパンツという、めずらしくくつろいだ格好していた。
「こんな時間にいきなり……すいません」
フィンがそう謝ると、カイがゆっくりと首を横に振った。
「いや、こっちこそ、長い間、なんの連絡もせずに」
「きっと忙しいんだって、分かってた。だから、カイの方から連絡があるまではって、そう思ってたんだけど……」
フィンの言葉を聞きながら、ふとカイは、自分が来客に椅子もすすめぬまま、立ち話をさせていることに思い至る。
そして、「ともかく……掛けてくれ、フィン」とソファーを指し示した。
それに素直に従って、フィンはソファーに腰を下ろす。
カイが、棚からクリスタルのタンブラーをひとつ取り出した。
最初のコメントを投稿しよう!