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ふたたびの沈黙。
けれどもそれは、今しがたまでのものよりもずっと、ふたりに優しかった。
「事件の報道で……『デ・リーデル』って名前のひとが、犠牲者の中に……」
フィンがポツリと口にすると、カイがすかさず、
「姪だ」と応じた。
そしてボトルを手にし、カイが、ふたたびグラスを満たす。
静けさと溶け合うように、モルトの香りが立ち上った。
「……兄とは歳が離れていると、そんな話をしたことがあったな」
カイが低く語り出す。
フィンはまた、頷きだけでそれに応じた。
「だから、兄とは兄弟めいたことをした思い出はあまりない。まるで父親が二人いるような感じだった……リーケは姪というより、歳の離れた妹みたいなもので」
一度グラスに口をつけてから、カイが続ける。
「幼い頃は、俺に良く懐いてくれていて可愛くて……ああ、すぐに生意気になったがな。なにせアイツは頭が良いから」
「カイ……」
フィンが呼び掛ける。そっと、そっと。
「優秀だった。仕事にも熱心で」
訥々と語るカイの低い声は、いつもと同じにく穏やかで、ひどく優しかった。
優しすぎるくらいに。
「よく、カフェに連れて行った。リーケが注文するのはいつも、パンナクッケとココアで……」
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