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 そうだ……。  ココア。  最後に会った時も、リーケはココアを飲んでいた。  「あの場所」で――  目に焼き付いて消えない。  俺の皮肉に対し、肩をすくめて顔をしかめるリーケのおどけた顔が。  それが最後になるとは思わなかった表情が―――  あの夜も。  ココアを飲みに、地階のカフェに降りてきたりしなければ。  自分のオフィスで、あと五分、仕事をしていれば……。  もっと早くに、家に戻っていれば。  ――違う。  あんなことを起こさせなければ。事件を防ぎさえすれば。  誰もかれも、死なずに済んだ。  あの時と同じだ。  ヨーナスの時と。  「ヴェストヴェーグの惨事」で、ヨーナスを死なせたのは。  上の不始末のせいでも縦割り組織の不備のせいでもない。  それらを乗り越えることができなかった、俺の経験の浅さと思慮のなさだ――    ……そして。  俺はふたたび、何をしていたのだ。  燃料を山積みにしたトラックが、大勢の人間が働く建物へと飛び込んでいくさなかに。    狂ったように情欲に溺れていた。  「男」と寝ていた。  娼婦のように腰を振りながら、雄犬のように、ダラダラと止めどもなく白液を垂れ流しながら――  何も気づかぬまま。みすみす、リーケを見殺しにした。  兄や父から、娘を、孫を奪った。  母親から、娘を奪った。  ヨーナスの息子から妻から、父を、そして夫を奪った。  俺が――
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