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 *  触れた指先を払いのけられた時。  胸がヒリつくような痛みに襲われた。そして、自らのそんな感情に驚き、愕然とした。  そうだ。  フィン・ギャラハーの、そんな反射的な仕草に、自分は「傷ついた」のだ。  旧市街の路地を歩きながら、カイは、やるせなく洩れ出でる溜息をこらえることができない。  よこしまな気持ちがあったのだろうか。俺は。  あの「男」に対して……フィン・ギャラハー軍曹に対して?  そして「それ」を気取られて、避けられてしまったのかもしれないと。  今、俺はそんな風に自己嫌悪に陥っているのか?  あの部屋のすべてが、あの夜に結びついた。  薄くくすんだ天井も、古い窓枠も。  そして、マットレスだけのベッドも――  抱きしめられて揺らされた記憶。  ――「抱かれた」  信じられない経験。誰かに自分が「抱かれる」など。  日差しの中、虹色にきらめくブロンドの髪がひどく眩しくて、ずっと床ばかりを見つめていた。  いかにも工兵らしい、手早くも慎重で丁寧な手つきで床を磨いていく手。  その指先で施された愛撫を、何度反芻しそうになったか。  厭になるほど思い知らされた。   もう十分だ。  十分すぎるほどに分かった。  あの男の肉体に、快楽に。  自分がどれほど引きずられているのかが――  だが、それは一種の「麻薬」のようなものなのだろう。  未知の強い刺激。  ただそれだけの……。  繰り返さなければ、二度と手に取らなければ。  じきに忘れられる、そういった類いの刹那的な悦楽だ――  そんな思考が、いつの間にか、立ち止まってしまいそうなほどにカイの歩幅を緩めさせていた。  ひとつ頭を振って、カイは改めて歩き出す。  すると次の瞬間、手首を誰かに強く取られた。  反射的に身構えて、カイは振り返る。    くたびれ切ったジャージーシャツ、色のあせたジーンズ。  そして、それらとは全く対照的に、まだ若くみずみずしいうなじと頬は、抜けるように白い。  うっすらとピンクに染まった耳朶。  やわらかく輝く、金の髪。  そこに立っていたのは、つい今しがた別れてきたフィン・ギャラハーだった。
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