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「ちょっとごめん」  タカシの耳元で囁いて、私は席を立った。  え?と目を丸めた彼は「トイレ?」と訊いてきた。 「ううん。帰るの」  言い残して、狭いシートの間を他の客に会釈をしながら通路へと急ぐ。スクリーンにはちょっとしたラブシーンが。邪魔にならないようにできるだけ姿勢を低くし、素早く外に出た。  スタッフの男性が、おや?と言いたげに私を見る。まあ当然の反応だろう。こんな中途半端な時間で出てきたのだから。他のスクリーンの大半がまだ上映中のようで、私以外の客はちらほらとしか見当たらない。  足早にロビーに向かっていると、「おい」と彼の声が聞こえた。歩きながら振り返ると、怪訝な顔のタカシが駆けてくる。 「どうしたんだよ。なにかあったのか?」 「別に」 「別にって、まだ途中だろ。なんだ?面白くなかったのか?」 「そんなことないわ。面白かったわよ。どんな結末になるのかも気になるし」 「だったらどうして帰るなんて……」  言いかけて彼は表情を強張らせた。双眸に不安の色が浮かぶ。 「もしかして、僕のせいか?なにか気に入らないことでもあったのか?」 「違うわよ。あなたのせいじゃない。これは私の問題なの」 「ヨウコの?なんだよ。問題って」  やはりそう訊ねたくなるわよね。過去の男もみんなそうだった。タカシにもそろそろちゃんと説明しておいたほうがいいかもしれない。理解してもらえるかどうか、定かではないが。 「じゃあ、説明するから、ちょっとお茶でも飲まない?」  こうして私たちは、ワンフロア下にあるコーヒーチェーン店に立ち寄った。  小さな丸いテーブルで向かい合い、アイスコーヒーを一口飲む。彼はコーヒーが苦手なので抹茶ラテだ。  白いクリームを唇の端につけたまま、タカシはいら立ち気に私を見た。 「で、どういうことだよ」  もったいぶるようにもう一口飲んでから、 「私ね、半分でないと気が済まないの」 「は?」と彼は眉根を寄せた。
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