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※※※
――お伽病なんて、いったい誰が呼び始めたのか。
夜、寝静まる子供に読み聞かせるための、古今東西の神話伝承。
人間しかいないこの世界で、非現実な夢に溢れる物語は、子供達を夢の世界へと誘うために存在する。
でも、私と……私の双子の姉にとって、お伽の国は、現実にあった。
「姉さん、今日は学校に行ける?」
わだかまりを抱えながら、姉へ声をかける。――刑務所の面会室のような、透明な扉越しの会話を。
「体調はいいけれど……日差しが強いかも」
カーテンを張った白い部屋で、姉の赤い瞳はよく映える。
「傘、私が持つよ。だから、行こう」
「だめよ。強い日差しの日は、お医者様に止められているでしょう」
「……なにも解決できない、口だけの医者なんて」
「お医者様も、よくやってくれているわよ」
たしなめるように姉が言う。けれど解決しないのに、治療費だけは莫大。……子供心にもそうわかるくらい、姉の病気は特殊なものだった。
ふぅ、とため息を一つついて、あははと軽く笑う姉。
「あーあ。私も、本の世界の住人だったら、よかったのになぁ」
「やめて、縁起でもない」
「もしそうなら、満月の間はスーパーレディー。それにコウモリへ化けて夜を駆け、卑劣な悪党をバッタバッタと……」
「やめてったら!」
楽しそうに語る姉へ、私は想わず金切り声を上げた。
――そんな力があれば、こんな小さな世界に、姉を閉じさせておかないのに。
少しだけ気まずくなった私に、姉は、舌を出しながら明るく笑う。
「ごめんね。そう、心配かけちゃいけないよね」
「……私、行くね」
話を打ち切るようにそう言って、私はその場を後にした。
父や母に行ってくると小さく言い、慌てて家を出る。
(どうして、優しくできないんだろう)
少し歩いてから、胸の中へ今更わいてきた後悔に、自分が嫌になる。
姉は、自分の今を受け入れ、それでも笑ってくれているのに。
――お伽病。『特定指向変異症』とも呼ばれる、姉の病。
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