半信半疑物語 或いはウィルス進化論

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ナノマシンのサイズは最小になると人の細胞より遥かに小さい。 電子顕微鏡下に拡大された大腸菌と、その上に乗り今まさに寄生しんとするファージウィルス。 二つを眺めながら、ナノマシンは人の役に立つ様に作られたウィルスだなと何時も思う。 形状で言うなら、まるで月面着陸機の如き姿をしたファージウィルスが大腸菌に取り付く様は、宇宙の彼方で小惑星の上に探索機が降り立ったみたいだ。 おまけにウィルスは生物に定義されない奇妙な存在だ。常に寄生する宿主である細胞の転写能力を拝借し自身のコピーを作り出す。ウィルス単体では分裂増殖出来ない。蛋白質を作り出せないのだ。それが命として定義されない振る舞いとされている。 フッと鼻先で息を吐く。 きっと曖昧な境界線に戸惑っているのだろう。 ナノマシンは人体の微細な代価品だ。義手や義足と同じ目的で、より繊細に使える様にと開発された埃よりも小さな機械。人は命を持たない小さな機械を肉体の代価品とした事で、ナノマシンと混ざり合う身体を持つ人を、半ば人と認められなくなったのかも知れない。 振る舞いは命有るモノに見えるだろうが、機械は命有るモノじゃないからだ。 ウィルスは自然界に存在するモノだが、ナノマシンは人為的に作られたモノ。 不自由を得てしまった患者に再びの自由を与える奇跡は、逆に製作者が意図的にナノマシンを操作し患者の命を自由に出来るのではと、抵抗を感じる者に恐怖や不気味さを受け取らせてしまうのだろう。 私は父母の考えで、一度父方の苗字から母方の苗字を名乗り、そして再びありふれた苗字である父方の苗字を名乗っている。 そうする事で自分がナノマシンの最初の使用者である事を世間から隠したのだ。 執拗な報道合戦に倦んだ所為もあるが、どこか玩具の様に扱われた事に嫌気が差したのも有る。しょせん報道する者に取って、私は人気取りの道具でしかなかった。
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