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第1章「綾那と玲」
ああ、なんて美しいの。綾那(あやな)。
あなたこそ私の運命の人。
湿った空気がこもる洞窟の中、恍惚とした表情で、工藤玲(くどうれい)は自らの腕の中で眠る肢体を見つめていた。
白い肌、桜の花弁をそのままのせたような唇、長い睫毛、腰までかかるほどの長い髪は心地よい感触でもって腕に触れ、既に玲の体を昂らせていた。
キスしよう。
そう思ったとき、間の悪いことに綾那の瞼がぴくりと動いた。
「………ん………」
目の前にあるのは、いつもの、幼馴染の工藤玲の顔だ。
切れ長の目元に、整った鼻梁や口元。女性でありながら、同性の下級生からの人気が高い。そんな玲の幼馴染というポジションのため、随分といやがらせを受けたものだと綾那は妙なことを思い出し、苦笑した。
しかしそんなぼんやりとした感覚は、玲の頬に刻まれた生々しい裂傷に、すぐに吹き飛ばされてしまった。
「……玲……それ……」
「え?」
「怪我……」
「……言われて初めて気づいた」
それは、綾那を安心させるための言葉ではなく、本心だった。
「大丈夫、もう塞がってるでしょ。全然痛くないから」
昔からそうだった。自分に対しては厳しく、他人には甘い。
綾那に対しては甘いと言うより、過保護だ。
玲の実力であれば、バスケットの強豪校、都立翔北高校(とりつしょうほくこうこう)へ進学できたというのに、綾那に合わせて羽白高校(はねしろこうこう)に進学したのだ。
体を起こすと、綾那は不安げに周囲を見渡した。
暗闇に少しずつ目が慣れてくると、岩壁のところどころにへばりついた得体の知れない虫などが目に入り、思わずぞっとする。
「……私たち……どうなったの……?……ここは……どこ?」
「……あんたの家に行くときに誰かに拉致されて……そのまま……」
「………」
さらわれた瞬間の記憶がはっきりしている玲に対し、綾那は玲が来るまでの時間を部屋で過ごしていたことまでしか覚えていなかった。
「拉致って……なに……どういうこと?」
「わからない……っ……突然……黒いジャケットと……猫のかぶりものみたいなのかぶったやつらが近づいてきて……逃げようと思ったらうしろにもいて……」
「玲で逃げられないんじゃ、私で敵うはずないか」
「……この洞窟……入口が柵でふさがれてて……それで……」
「閉じ込められてるってわけね」
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