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漆の箱を、柊平は丁寧な所作で両ひざの前に置く。 緊張と寒さで冷たくなった指先に吐く息は、白く曇ってすぐ消える。 夜魅が灯す妖怪の篝火には熱がない。 それゆえ、屋内でも煌々と灯せるのだが、北棟の中は屋外とさほど差がないほど冷えた。 「柊平、早く開けてみようよ。寒い!」 夜魅がそばで体を縮めて言う。 柊平は両手のひらをこ擦り合わせて頷いた。 漆の蓋を、少し警戒しながらゆっくりと開ける。 その文箱の中には、撫で斬りにしつらえられていたものとよく似た組紐が、和紙の帯で束ねて納められていた。 篝火のオレンジのもとで見ても、それは明るく染まることなく、キラキラと白だけ反射する。 他のものに影響されないその姿は、この紐が特別なことを窺わせた。 「夜魅。」 「品物としては、文句なさそう。」 「でも、紅くないな。」 柊平と夜魅は顔を見合わせる。 撫で斬りの下緒が紅いことは、壮大朗もよく知っているはずだ。 「この箱じゃないのか?」 「でも、他にそれらしいのは無かったよね。」 手元の箱があった辺りに思わず目をやるが、紅い漆に金の月がある箱は他には見当たらない。 「白じゃ駄目なんだよな?」 「うん。姿を違えば…。」 夜魅がそこまで言ったところで、柊平はふと顔を上げる。 「お客さんだね。」 「みたいだな。」 玄関の方から感じる見知った気配に、柊平と夜魅は迷わず文箱に蓋をし、北棟を後にした。
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