40人が本棚に入れています
本棚に追加
漆の箱を、柊平は丁寧な所作で両ひざの前に置く。
緊張と寒さで冷たくなった指先に吐く息は、白く曇ってすぐ消える。
夜魅が灯す妖怪の篝火には熱がない。
それゆえ、屋内でも煌々と灯せるのだが、北棟の中は屋外とさほど差がないほど冷えた。
「柊平、早く開けてみようよ。寒い!」
夜魅がそばで体を縮めて言う。
柊平は両手のひらをこ擦り合わせて頷いた。
漆の蓋を、少し警戒しながらゆっくりと開ける。
その文箱の中には、撫で斬りにしつらえられていたものとよく似た組紐が、和紙の帯で束ねて納められていた。
篝火のオレンジのもとで見ても、それは明るく染まることなく、キラキラと白だけ反射する。
他のものに影響されないその姿は、この紐が特別なことを窺わせた。
「夜魅。」
「品物としては、文句なさそう。」
「でも、紅くないな。」
柊平と夜魅は顔を見合わせる。
撫で斬りの下緒が紅いことは、壮大朗もよく知っているはずだ。
「この箱じゃないのか?」
「でも、他にそれらしいのは無かったよね。」
手元の箱があった辺りに思わず目をやるが、紅い漆に金の月がある箱は他には見当たらない。
「白じゃ駄目なんだよな?」
「うん。姿を違えば…。」
夜魅がそこまで言ったところで、柊平はふと顔を上げる。
「お客さんだね。」
「みたいだな。」
玄関の方から感じる見知った気配に、柊平と夜魅は迷わず文箱に蓋をし、北棟を後にした。
最初のコメントを投稿しよう!